moonshine  エミ




2004年12月05日(日)  日曜日のランナーズ・ウォッチング・ハイ

またもぐっすり寝て起きたら12時。ヨーグルトを食べて、何だか急にうずうずして久しぶりに走ろうと思い、すっぴんのジャージで自転車に乗って外へ出る。と、交通規制されている大正通り。沿道に小旗をもったたくさんの人々。そうだ、今日は、福岡国際マラソンの日だったのだ!

折りしも、先導の白バイが通り、歓声が起こる。なんとちょうど先頭集団がやってきた。こんなこと初めて! 思いもよらないものすごい感動を覚える。マラソンがあっているということは、私が走っている大濠公園あたりは間違いなく規制されているわけで、走るのはあきらめるが、しばらくコース横を自転車で行く。次々に駆け抜けていく走者たち、そのたびに振られる旗、掛けられる応援の声。

あの沿道のたくさんの人たち、みんながみんな、出場者に知り合いがいるとは到底思えない。ただ、近所だったり、この行事をいつも楽しみにしていたりして、応援していただけだろう。マラソンは、ほかのスポーツのように、ものすごいボレーシュートとか、巨体がリングに沈むさまとか、サヨナラ満塁ホームランとかが見られるわけではない。自分が立っている沿道から見えるのはレースの一瞬だけで、駆け抜けていく選手たちがそのあとどれくらい順位を上げるかはわからないし、レースを俯瞰できるわけでもない。

それでもあんなに一生懸命に応援できるのは、走る人には無私の雰囲気があるからだと思う。長い距離をただ無心に走る姿って、ストイックで邪念がなく、孤高だ。それを間近に見るだけである種、敬虔な気持ちになれるし、不思議と、早い遅い知ってる知らない関係なく、「がんばって!」と声をかけたくなるものだ。応援に対するレスポンスなんて求めていない。過剰な期待や押し付けではない。でも、声を掛けることで、見ている感動もさらに高まるし、ランナーのはしくれである私は確信をもっていいますが、沿道の応援の力が走らせることって絶対にある。

なんか、すごく偶然に素晴らしいものを見た。心洗われた。帰ってさっそくテレビ中継をつける。さっきうちの近くを通り過ぎた人たちが、もう3号線を箱崎から貝塚へと駆け抜けている。知っている道を世界的ランナーも走っている。感動を伝えたくてしん氏に電話する。35キロすぎ、尾形選手がスパートするのを、ベーコンと椎茸と玉葱のパスタ、キュウリのサラダを食べながら見守る。

その後、返却日だったので、『たそがれ清兵衛』のビデオを見る。藤沢周平の大ファンの私も大きく首肯できる映画だった。妙なエンターテイメント性が打ち出されてなくて、かといってとりすましてもいなくて、すばらしかった。「ここ、泣かせるつもりね!」みたいなミエミエの演出があったら引きまくったはず。原作とはいろいろ違うんだろうけど、海坂藩の映像化としてはかなり大成功だと思う。真田広之と宮沢りえ、どちらもすごくよかったなあ。しかし、真田さんの伸びきった月代が最初から気になって、ああそうか、上意討ちの前に宮沢りえが綺麗に剃ってあげるのね、そのために今、ぼさぼさなのよね、と、比喩のエロスを勝手に期待しつづけていたが、そのシーンは意外とあっさりしてた。それもまた、抑制がきいてて、よし。しみじみ・・・。

夜は、高菜チャーハンを作って食べる。しん氏と1時間ほど電話。遠距離って、お互いを見つめなおしたり、自分を向上させるにはいい機会ではあるけれど、長くなってくると、やっぱりいろいろつらい。なんたって、離れていて淋しいとかつまんないとかいうのはあれど、それでも何とかやっていけてる、っていうのが、一番の問題のような気がする。一人じゃ面倒くさくてしかたがないこととか、重たすぎてつぶれちゃうようなことを、二人でだったら何とか笑いながらできるような、結婚に望むのってそういうことのような気がするけど、どうなんでしょう。いつか決め手を打つ日がくるのかな、たまにわからなくなる。本を持ち込んでまた1時間ほど風呂に入る。





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