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2025年11月28日(金)

例えば、夫は自分の味方では無い、と感じると、夫と対立関係になってしまう。夫や夫の家族がありのままの自分を受け入れていないと感じれば、夫に対する時に、あなた方と呼んでしまう。自分の実家の兄弟も男性として
夫の味方だと感じれれば、自分の兄弟も、自分vs.あなた方の範疇になる。そういう時私は一人でも負けるものか、と身構えて、相手方に対する。すると自分は夫たらその味方らに対して敵対している。
市販の父親も夫の味方だ。なぜならば自分自身が夫の味方だったからだ。

夫が信頼している夫の親戚の人を自分が人として好きでなければ、自分は夫の心を離れてしまう。夫はあの人のようでありたいのか?自分は夫があの人のようになって欲しくない。ならば私は夫の親戚の人やその人をひとかどの人物と思っている夫を違う世界の人たちに感じるようになる。彼らは私の住んでいた世界のひとではないのだ。
自分が夫のバックグラウンドを理解して夫の感覚を受け入れても、自分は夫と違う感性を持っていることを感じる。何故ならば私は実家の人々と時間を共有していた。自分は実家の父を例えばかっこいいスポーツマンのようには思っていないけれど、父親の人生を父の語りの中でその美意識を知っており、兄弟の価値観も垣間見ていた。それについての愛情尊敬もあった。しかし夫の世界がその美意識から離れていると、違うと感じる。
こうした感覚は今の夫についての話ではない。
私がうまく表現できなかった、自分が生んだ子供の家族についてのことだ。

例えば他国の事を、ある人が、敵は云々、と語り出すと、その人はその国を敵視していることがかんじられる。
しかし、自分はその国の良さを理解している面があり、敵視していない。
しかし、敵視している人が多かったら、自分はこの国の人間でも、この国は自分の居場所ではないのかもしれない。

いや、一国には普通たくさんの人があり、特に日本には、一応民主主義を教育されてきて、色々な感じ方がある。

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