�蠧�記
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生後八ヶ月から四歳まで九州の熊本に住んでいた。 私が三歳頃、東京の母方の祖母と伯母が遊びに来た。 そしたら、夜中に台風が来た。停電の中で、祖母はお腹が痛いと呻いていた。 母や伯母は、おかあさんは大袈裟なんだから、と笑っていた。 薄情な娘たち、と祖母は怒っていた。祖母は六人の女の子と男の子二人育てたが、 上の四人の女の子は祖母の姉が生んだので、伯母と私の母は祖母の産んだ最初と二番目の女の子、怒るに気を使うこともなかったろう。 暴風雨の中、父と兄たちは父が私のために日曜大工で建て増しした部屋の屋根の上に乗って押さえていた。 父と母がどれだけ喧嘩しても、私は何とも思わなかった。 夏の夜蚊帳を吊ってその中で寝るロマン。 幸せだったな。新聞も電話もお風呂もなかったけど、芭蕉の木が生えていた。 桃色の花を咲かせた合歓の木。母が植えたグラジオラス。 紺碧の空。目の周りにやってくる虫の群れ。 夜中に父と母が同僚夫婦と出かけたダンスホール。舞台で着物を着て日本舞踊を踊っていた女性が一枚ずつ脱いでいく時に、父と母が踊っている間、テーブルで私はジュース、父の同僚の人はお酒を飲みながら、私はその人が着物を脱いでいく女性を眺める恍惚とした表情を眺めていた。
雨はどうなったかな。 あの台風が過ぎた後、家の前の大きな木が根こそぎ倒れて道を塞いでいた。 祖母は後で胆石の手術をしたが、温泉ではご機嫌だった。 祖母はその頃新生という煙草を喫っていた。 六十過ぎて大病した後四十年ほどはやめていたかな。 叔母は祖母が総入れ歯でも長命だったので、入れ歯でも大丈夫だと思うのだと語っていた。
腹を探ってみると、どくどくと脈打つ動脈がある。
そういえば、和服ストリップの女性はすっぽんぽんになるかならずかのところで舞台の下手に消えていったので、下着はつけていなかったが、はっきりとは見えなかった。
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