�蠧�記
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昔の教科書で、戦前貧困のために口減らしというのがあったって書かれていたけど、 あまり変わってないんだな。現代日本にも餓死する母娘がある。 東京大空襲三月十日調べたら、母の実家のあたりもやられてる。 勤めていた職場から家までみな焼けて家が一軒もなかったと言っていた。 祖母と叔父たちは疎開していたが、私の母は祖父と共に東京に居たらしい。 遺体の山も沢山見たか。銃弾が貫通した義兄のヘルメットも。 私が小学生の頃よく母と私のところへにこやかなものみの塔の布教の人がよく訪ねてこられた。そういうこともそんなに変わってないな。あの頃父は単身赴任。
聖徳太子とマホメットって同じ時代に生きた人なんだな。聖徳太子には4人の女性と子女がある。 イエスはそれよりも前だから、ナザレのイエスのように馬小屋に生まれた厩戸皇子は 博識だったろうから厩で生まれたことが誇りだったろうな。
母は娘時代B29が珍しく撃ち落とされると大喜びしたというのに、私が英米文学なんて 心配するしかなかったか。
母はフランス人の奥さんとは昼間招かれて一緒にお茶を飲んだりしたようだ。 日本の華道を習っている人だったから、それが日本的でなくても憎めなかったろう。 だから娘さんたちも私と遊んでくれたんだ。 私が彼女たちのようにもっと元気で生き生きした少女だったらもっと友情も発展したと思うのだか、何故私は彼女たちを家に呼ぶことを思いつかなかったのだろう? 私にも姉や妹がいたり、あるいは母がもっと茶の間に彼女たちのお母様を気軽に引き入れていれば、私ももっと親しくなれたのではと思う。フランス革命を舞台にした漫画に夢中になったりしたのだから。
正直私は山本五十六はタイプではない。しかし、なかなか自分の限界を越えるのは容易でない。鼠が猫に噛みついても勝てないよ。
きが強くなるのは無理かなー
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