すずキみるくのGooden 妄言
旧牛乳式形而上精神論理構造研究所日報

2007年07月09日(月) 前々から

オタクとアキバ系の違いを聞かれることがありまして、そのたびに適当にお茶をにごしていたんですが、その回答を思いついたんで書いときます。

えー・・・つまり、こういうことです。





わかりましたね。

・・・えっ?わかんないって?いや、だから、残り1分45秒ぐらいのときのガンバスターがホーミングレーザー撃ったとこと、のこり1分3秒ぐらいのときの宇宙怪獣の集中砲火をバスターシールドで防いだシーンですよ。あれがオタクです。

え?まだ何言ってるかわかんないって?しょうがないですなあ、一から説明しますか。えーどちらの映像も多方向からのレーザーが一点に集中してから拡散しておりますね。あれはオタクの関心とか知識傾向を象徴している絵ととらえることができるわけです。

オタクの場合まず染まり始めは自分の興味や関心を一点に集中することから始まります。ここまでは、そのまま突き進んでは行くんですが、ある一点に集中(要するに一通り極める)と今度は拡散しちゃいます。オタクってのは興味や関心の形がこの類型のタイプのマニアといえるのではないかと。

たとえば、ある一人の漫画家に急速にハマった場合はその作者の作品を全部揃える。そこまでは普通です。さてそんなこんなで出ている本を全部あつめ、古本屋で別名義のエロまんがも蒐集し、その上すべてのページをよみこみセリフとかも全部覚えてしまう。そうなってしまうと普通にやる限りはもうやることがなくなってしまいます。でも、その作家についてより深くしりたいという要求も未だになくなりません。

オタク知識の拡散が始まるのはその時です。じゃあ、ということで、その作家があとがきでふれている映画とか参考資料とかを確認する。音楽もきいてみる。小説とかにも手をだす。車やバイクにも関心を持つ。自分も作品をつくってみる。そういうことが始まるわけです。一種の同一化といってもいいかもしれませんな。とはいえ、そういうことが複数の作家でおこるようになるとどんどん守備範囲は広がり、知識は深さを失いますが(それでも一定レベルはたもってますが。)広大なものになっていくわけです。

じゃあ、アキバ系ってのはなにかというかというと、・・・もうお分かりですな。このオタ知識の拡散がおこらないタイプのことです。オタクとしての知識はどんどん深まっていきますが、集中していくレーザーが一点にまじわることはありません。限りなく1点に近づきますがけっして1点に交わり拡散しません。どんどん底なしぬまに嵌っていくわけです。

つまりアキバ系にとってはオタク文化の爛熟は必要不可欠なわけです。ヤツラは(もーいーや。俺はちがうからヤツらで。)オタ情報の飽食児童ともいえる連中ですから、常に調理されたオタ情報をフォアグラのように摂取しているのです。DVD全部あつめてもアニメショップいけばなにかしらの情報はあるし、公式食いつくしたら同人でつねに再生産されてるし、場合によっては声優ライブもあるしと。エロゲだってそこらじゅうに飽和してるし、某ガンダムに関して言えば、公式でどんどん追加設定や追加エピソードだしてくるし、バンダイさんに至っては今頃になって白いゼータだしてくれるし。(アレは本当に許せん。)爛熟したオタ文化のなかで消費者として囲いこまれた豚がアキバ系といえるのではないかと。

と、一通り書いてみましたが、アキバ系への中傷っぷりに自分でもびっくりです。・・・うーん・・・アキバ系が嫌いなわけじゃないとおもっていたんですが。つーか、よく考えたら俺ってオタクじゃないし。ちょっぴりオタクっぽいだけだし。

もしかしたらいい年したオタク予備役によるヤングアキバ系へのたんなるジェネレーションギャップだったりして。・・・たぶんそうですね。


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