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1986年01月19日(日) a

121 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/06/05 18:27
>120 
違います! 幹部に逆らっても強制収容所には送られません(w


122 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/06/05 19:46
>121
ウソの教えとインチキの手かざしで騙して、奴隷として金と時間をむしり取られるだけだ。
教え主は笑いが止まらないね。これだからインチキ宗教は止められないってねw


123 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/06/05 20:23

どんなに苦しいことが、あっても辛抱肝心。
決して人を責めるべからず。
自らのした事が、今、目の前に結果として現れて居る。
その者は、その状況は、それを見せてくれた存在の過ぎない。
苦を避けると申す事は、楽をも遠ざけてしまう事になる。
人も自分も受け入れる、人も自分も許しあう、人も自分も認め合うが
大事なのである。
人を責めないと言うことは、自らを責めないと言うことと、
同じ意味を持っている。
反省する事,自らを、追い詰める事,自を嫌いになる事は
何の意味を持たない。
未来や現在に何の変化ももたらさない。
人は、体験を通してのみ成長できる。
体験を怖がり、拒否している限り、何の成長もありえない。
体験出来た一つ一つが、自の真実であり、答えなのである。
自を責めない代わりに、まず自を受け入れる事を身に付けよ。
次には、自を許すと言う事を身に付け、最後に自を認めると言う事を
身に付ける事になる。
その体験を、基本にとすれば、人と係わる時
その人が自らにしたごとくに、人を裁くと言う事は
おのずと出来なくなるのである。
本来、人が人を裁くと言う事は、あり得ないオカシキ事なのである。
自の内奥を見つめる心の目がつぶれている事にすら気ずかず
人と争い、自と争い、満たされぬ心でさまよい、疲れ切る。
これが、自業自得だと気が付いた者は、何とオカシキ事に
エネルギーを使っていた事かと、思える筈である。


124 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/06/05 20:27
真光の体験はトリックだよ、強烈な体験だからマイコンされてしまうだけ。
死ぬまで騙され続けて人生を無駄にしたい奴は信じて教団の奴隷になって
詐欺師の手下として不様な一生を送ればいい。奴隷の幸せってやつだ。


125 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/06/05 20:42
>>125
ありがとう。そうするから君はもうこないでくれ。


126 名前:元信者 投稿日:03/06/05 20:43
速いこと目を醒ませば、違う人生が開けてきますよ。
私のように。


127 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/06/05 20:45
>>125とうとうボケたか?


128 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/06/05 20:56
>125
詐欺師に騙されたただの奴隷こそ消えるべきだねw


129 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/06/05 22:13
事故に遭って、ミソがれましただって....


130 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/06/05 23:43
最近思い出したことがある。
中学生のとき、素行の悪い生徒に絡まれて、3針縫う怪我をさせられた。
狂信者の父親は、加害者の名前を俺から聞き出して、加害者の名前で奉納した。
すなわち、俺の過去世での加害者への罪穢を詫び、ミソギを頂いた事への感謝であろう。
その当時は何とも思っていなかったが、今にして思えばとんでもない話である。
なぜ被害者が加害者に謝罪せねばならんのだ?

小学生時代に、俺が海外旅行へいった土産を頼まれてて、
渡した相手がその加害者であったのもまた悲しかった。(当時はまだ素行は悪くなかった)
加害者の担任は、しきりに「彼は本当はいい奴なんだ」と繰り返すばかりであった。
よっぽど言ってやりたかった、
「では、その『いい奴』に怪我させられた俺は悪い奴なのですか?」と。
ま、この担任からは後にこの部分について(両親に)謝罪されたが。

そこへ追い討ちをかけるように、父親のこの仕打ち。
あまりに異常すぎて俺の頭が理解できなかったんだろうな。
だから何とも思わなかったんだろう。



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