浅間日記

2011年04月11日(月) 東日本大震災 涙の流れるままに

3.11東日本大震災から一月経過する。

頑張ろう、元気を出してというメッセージは、
今日は少し横においておきたい。



地震、そして大津波という未曾有の自然災害に遭遇し、
東北地方を中心にして、日本人が考えられないぐらい沢山、死んだ。

老人も、若者も、子どもも、男も女も、涙を流して悲しんだ。

故郷を遠く離れて久しい人だって、震災で損なわれたふるさとを思い男泣きした。
救護に駆けつけた看護士も、職務上涙を禁じられつつ、被災者と涙を共にすることをやめられなかった。

テレビを見ながら、ラジオを聴きながら、ネットに接続しながら泣いた。
声をあげて、あるいは声も出さずに、崩れ落ちて泣いた。

親を失い、子を失い、夫や妻を失い、
船を失い、農地を失い、未来を失い、涙にくれた。

市民も泣いたが、権力者も泣いた。
東京電力の人だって、記者会見で泣き崩れた。

社会での枠組みをはずれ、一人の小さな人間として、
大変なことが起きてしまったと自覚し、悲嘆にくれた。



悲嘆は、何度も押し寄せる。あの津波のように。


命日の度、一周忌、そしてその後の祥月命日の度、悲しみは蘇る。
いずれ被災の話は子孫に伝わり、その子孫も涙を流すだろう。

それはもう、仕方がないし、悲嘆する時は涙すればよいのだ。




人は人として被災する。
他の生き物も多く損なわれたが、
被災を自覚し、涙を流して悲嘆するのは、おそらく人間だけである。

2007年04月11日(水) 改心日記
2005年04月11日(月) 不売運動


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