浅間日記

2010年10月25日(月) 病と犯罪

病気と犯罪は似ている。
いずれも、人間が定義して成り立つ。

誰もそれを定義しなかったら、どうなるだろうか。
そのことについて、作家の田口ランディが書いていたエピソードを思い出す。

彼女が、放射能で汚染された村に残る老人を訪ねた時の話である。
明らかに放射能によるものと思われる、老婆の背中にできた気味の悪い腫瘍へ、ランディさんは土産に持参した湿布薬を貼ってあるくのである。

村の老婆達は、放射能汚染の何たるかや、我が身が受けた被災の詳細を知らない。
おそらくは入院して治療が必要な病気であるはずだが、
自覚するのはただ、腰が痛くてつらいということだけだ。

それ以外は、汚染された村で粛々と、子どもの頃から送ってきたのと同じ、
春夏秋冬のそれぞれの暮らしを不都合を抱えながらも続けている。
おそらくは放射能が原因で寿命を迎えるだろうが、それは老婆達にとって天寿なのである。

病気とは何だろうと、そこで彼女は考えるのである。



病気も犯罪も、社会から自覚させられる。

また、世の中の成り行き上、病気や犯罪を積極的に定義する立場というのが生じる。

自分ではまったくそう思っていないことについて、ある日突然、
あなたは病気であるとか、あなたのしたことは犯罪だと言われる可能性がある。

そこまで極端なことは、まずそうそう在りえないとすると、
何が作用して、そうならないようバランスをとっているのだろう。

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