浅間日記

2010年05月17日(月) 満願成就の話

朝、小さな出店みたいな八百屋に立ち寄る。

朝の肌寒さに羽織ってきた上着を褒められたところから、
店のおじいさんの昔話のはじまり。

おじいさんの母親は、はた織が上手で色々なものをこしらえていた。
上手が高じて、出かけた先で姿かたちの気に入った人を見つけると、
その見ず知らずの人のイメージで着物の柄を考案し、こしらえるのだそうである。

一ヶ月もして着物が仕上がると、今度は着ている絵姿を描いて息子に渡し、
「この辺りにこうした人がいるから、この着物を差し上げて来い」と使いに出し、息子であるおじいさんはその場所へ通いつめ、昔話の絵姿女房のごとく「こんな人なんだが」と絵姿を見せて探し回って、無事に見つけることができると、事情を説明して着物を渡してくるのだそうである。
一度や二度ではなかったのらしい。

あげた人にはずい分恐縮されちゃってねえ、と思い出し笑い。
そうでしょうねえと相槌をうつ。



随分昔の、小さな村の中での出来事ではあるけれど、
何もかもが途方もないこの話が、私は何だかすっかり気に入ってしまった。

その人−おじいさんのお母さん−の発想の、なんと面白いことか。
人間が「思い立つ」ということに、無限の可能性を感じてしまうのである。

またそれに応じて、「そうかいそれじゃ」と、探し当てて届ける息子の素朴な素直さがよい。

母と息子のどちらも損得や効率で労を惜しまないのが、昔の人らしい。

日頃から損得や効率で労を惜しまない習慣をもっていると、
物事を思い立つ幅が広がるということなのだろう。

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