浅間日記

2006年03月31日(金) 報道のねらい

第二東京タワー構想なるものがあるのらしい。

「三丁目の夕日」で、東京タワーが建設中であることを
いやに強調していたのはそのためか。

と、考えるのは穿ち過ぎか。



意識の高揚とかコンセンサスの形成というのは、実に周到に行われる。
いつの間にかそれが常識となるように。
場合によっては、それを逸脱することは許されないことだ、と皆が思うように。

そういうふうに考える癖がついている。

誰が、いつおきたことを、なぜ今−今でも−報道するのか。
国民が問題にするニュースであればあるほど、
そういう報道のねらいを考えずに受け止めるのは、危険だと思っている。

だから、直感的におかしいと思う報道については必ず、
自分の意思としっかり照合することが必要だ。
意見ではなく、意思である。

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