うちの麻痺爺ちゃんが過日74歳になりました
ジジイ( ´゚д゚)(゚д゚` )ネー
彼が麻痺ってしまったのが64歳の2月だったので 来年の2月で麻痺って10周年になります
ハヤイ( ´゚д゚)(゚д゚` )ネー
孫たちは爺ちゃんが五体満足だった記憶なんてこれっぽっちもありません なので「うちの爺ちゃんは生まれつきこんなんだ」と本気で思っています
ヒドイ( ´゚д゚)(゚д゚` )ネー
朝も早よからセニアカーでぶいぶいと公園まで行き 杖をついて左びっこな足を引きずり歩いて歩いてリハビリを続けてます
休憩中は顔なじみの早起き爺婆連合と談笑
週に3日はリハビリにドナドナと連れていかれます
帰宅したら手洗いうがいをかかさず 毎朝新聞を読み わからない語句は辞書をひいてメモし 好きな歴史小説を読み ときどきクロスワードパズルで頭の体操をし
夕方になったら好物の芋焼酎「黒白波」のお湯割りを一杯
九時を過ぎたらベッドに横になるのです
足の状況も手の状況も 麻痺したまんまで 術後となーんにも変わってないけれど
とにかく一番変わったのは「自分から外に出る気持ち」です
退院してすぐはなかなか自分から外に出ようとはせず (そりゃそーですよな。突然左半身不意随の障害者になったんだから悔しいし、他の人がじろじろみるから恥ずかしいし自分の体がもどかしいし情けないに決まってますて) ヒキコモリになりかけたり、鬱になりかけたりと メンタル的にもいろいろありました
だけどそのまま放置してたら本人だけじゃなく家族も大変 自立の道をつけていかなきゃやばいのです
リハビリ専門病院に入院していたときは 周囲に同じような病気の人ばかりがいたし 違和感なく過ごすことができてたけど いざ退院してみたら
麻痺爺が杖をつきつきびっこひいて歩いていると 若い母親は子供の手を慌ててひいてあからさまに嫌そうに避けていき おばさんはよけもせずに平気で買い物袋をぶつけて通り過ぎ おじさんはイライラした顔で自分をチラ見して追い越し 自転車に乗った若い姉ちゃんやガキ共は横をすごい勢いで通り抜け
もちろん中には親切な人や 普通にさりげなく心遣いをしてくれる人もいたけれど たいていはこんな状況だったので 爺はすっかり恐怖と心細さで もう外へなぞ出歩けるものかと落ち込みまくっていたわけです
さりげなく優しかったのは若い兄ちゃんと 自分よりか年上の体の弱い爺ちゃんぐらいのものだったと 今でも言いますよ
じゃあ 公道を歩くのが恐怖と苦痛でしかないのなら 公道はセニアカーで移動すればいい
セニアカーで安全で広い公園のウォーキングコースまで移動して そこでは 爺が杖ついて歩く練習していようが それほど危険な目にあったり邪魔者扱いされることもなかろうと 適した場所を探して連れていったのは本当に正解だったと今でも思う
一人で通えるようになるまで そーとー時間はかかったけれど 家族はただ 準備万端にしてあげて そこからは ただ焦らず怒らず機会を待つ
一歩踏み出してからあとは 爺が自力で歩いてつくってきた道
歩き出す一歩の機会や勇気を促すまでが家族や他人のできる補助
もうそろそろ10年の月日がたとうとしてるんだなあと思うと 感慨深いのが正直な気持ち
自分の時間をとられてイライラすることもあったし 時々我が儘を言われて内心カッとくることや こっちに両親の面倒全て丸投げしたっきり日頃はなーんもしない兄貴にムカついたりすることもあるけど 今はただただ爺ちゃん偉いなと素直に思えるし よく頑張ってきたなあと褒めてあげたい
そして私も うちの母も うちの夫も
よく支えてきてくれて よく頑張ったよなあと ほんとに思う
みんな偉いっ←※うちの兄貴以外
あ、言っとくけどボケんのだけは禁止ね、爺ちゃん。
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