先日、近所のおフレンチレストランで クラスのママたち数名と ランチ会なぞしたんですが
その時、1人のママが話していたテレビドラマの話にふと興味が湧きましてな
彼女はそれを録画してまで楽しみにしているんだとか
ここ数年、ろくにドラマだのテレビだのを見ることのない生活を続けていたので どうせジャニタレもどきがでてる 惚れた晴れたの話だろーとふんふん聞きしていたんですが
「小公女セーラってドラマでねっ」 というので驚きました
え?小公女の実写版???
またどんないたいけな少女が 安達佑実の如くいたぶられまくり 虫けらのように扱われ
同情するなら金をくれ! といったキメぜりふもなく 飢えに飢えてこき使われる役をこなすのかとおもいきや
なーんだ 年齢が上の設定なんだ やっぱりだめだこりゃ と 心中いかりや長介だった私でしたが
セーラの役を 志田未来がやってると聞いて ついうっかり 今日、見てしまいました
てぃひっ!
そーです 数年前の年末に ずーっとこれまでの放送が延々と流れていたのを大掃除しながら見てしまい ハマッてしまったドラマ「女王の教室」 このいたぶられ役の女の子が成長してセーラの役をやるんだと
へえー
興味湧きまして で、見ちゃったんですよ
見なきゃよかったけど
てぃひっ!
思い出は美しいままが一番だとつくづく思いましたね
あ でもアーメンガードの役だろうと思われる子は役を理解してるというか良い雰囲気出してたかな
あとはもうね バーネット夫人に謝れ!!!ってな感じ
あきれ果ててしまったのでテレビを見るのをやめ 本棚から川端康成訳の小公女を引っ張り出してきて 猛スピードで読み直しました
やっぱええ話やー...(つд⊂)エーン
私がいちばん好きなくだりは やっぱりラストらへんのパン屋での一連の出来事ですよ
飢えたセーラがお使いの途中、泥溝の中から4ペンス銀貨をひろい それでパンを買おうかどうしようかと迷っていたところに 自分よりも飢えて座り込んだ娘をみつけ セーラは自分の為でなくこの子にパンをあげたいと思い その4ペンスでパンを買いにいく
パン屋のおかみさんはセーラの飢えた様子を見て 買えるよりも多い6個のパンをセーラにあげたところ セーラがそのうちの5個を座り込んでいた娘に差し出し 自分はたった1個しか食べなかった
後日、後見人がセーラを探し当て 裕福な身分に戻ったセーラがパン屋をたずねたところ あの乞食の娘がパン屋のおかみさんの世話になって暮らしていた
ってエピソード
もうね ここがいちばん胸に迫るわけですよ四十路になった今でも
ありありと浮かんでくるその光景
やっぱり本がいちばん好きだなあ
アニメもドラマも違うんですよ なんていうんだろう 奥行きがないの
でも本は読む人の頭の中でもうイメージというか光景が完成しているものなので それは他人(制作者側)のイメージとは共有できないわけで
読む前だといいんだろうけどね
本を読みながら自分の中でイメージする、想像するその光景や心象風景が私は一番好きだなあ
だから私は活字が好き
活字離れとか言われてるけど もったいないよなーと思う 想像力やイメージ力が育たないと思うんだけれど
自分の脳味噌ぐらい 自分できちんと育てたいんだけどな、私は。
※あ、もちろん映像の世界も好きですよ。ドラマも映画も(といっても好むのは昔のが多いけど)。でも本の焼き直し作品になるとやっぱり原作のイメージが強すぎるってのが絶対あるかも。そんな中でも原作を完全に凌駕したと感じる映像はフランク・ダラボンのショーシャンクの空に(スティーブン・キング/刑務所のリタ・ヘイワース)と、黒澤明のどですかでん(山本周五郎/季節のない街)」かなあ。原作を先に読んでいても、自分の中のイメージを壊されるどころか、完全に払拭されたあげく「これですよ」と上書き訂正されたようなインパクトでありました。ええ!
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