灯莱的枕草子
木更津灯莱



 いのち

父の学生時代から友人がお亡くなりになりました。
首都圏に住んでいた方なのですが、夏休みにはご家族で帰省してこられて、家族ぐるみでよく遊びました。
私のことも妹のことも可愛がってくれた方でした。

母からこっそり知らされるまで、今日の父は元気ないなぁとただぼんやり思っていました。
父とその方は同い年で、いわば幼馴染み。
ずっと一緒に過ごしてきて、お互い生活の場所が変わってからは最低でも年に1回は会って遊んでいました。
私にとっても夏休みに彼の家族と遊ぶというのは恒例のことで、中学生と小学生の息子さんと会うのも楽しみなイベントでした。

やさしくていいおじさんだった彼が末期癌だと聞いたのは今年の梅雨ごろのことで、父は夏休みに1度、東京へお見舞いに行きました。
今日聞いたのですが、父はそれが最後の面会になるとそのときなんとなくわかっていたそうです。

おじさんの死の宣告は、私にとって初めての「知っている人の死」でした。
母方の祖父母は健在、父方の祖父は私が産まれる前に既に亡くなっています。
私がじかに話して、触れていた人の死は記憶に残る限りで初めてのことです。

正直末期癌だと聞いてもピンと来なくて、死ぬということはないと思っていました。
でも実際、おじさんは亡くなってしまいました。
そりゃあ末期癌、余命まで宣告されていたんだから当たり前です。
私のとんだ考え違いです。
昨日まで確かにいた人なのに、もう話すことも出来ない。
その事実に直面しました。
すごく悲しい。
なんて表現したらいいのか分からないくらい悲しいです。
寂しい…?それもあるかも。
人が亡くなるのは自然の流れのなかであたりまえのことだけど、命って大きいと思いました。
ひとつなくなると、ぽっかり穴が空いたみたい。
悲しくさせたり、寂しくなったり。
同じものは二度とないから。
だから尊いんだと思います。
大切にしたいです。
命。

おじさんのご冥福をお祈りします。



2005年09月29日(木)
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