珍しく某突起名ひとりで日常行動範囲外へ。
本当は愛知県美術館で開かれている吉原治良展も行きたかったのだけれど
そこまでいくと完全なる予算オーバー&体力オーバーになるので、
松坂屋美術館のウィリアム・モリス展と名古屋市美術館のレオノール・フィニ展に
的を絞って某突起名一人旅。
前日は緊張で何も手につかない状態で、今日も朝から全身が硬直状態で
駅まで送ってくれる叔母さんに励まされたりしていたのだけれど、
手始めに何年かぶりのフォションのカフェに入って、紅茶を口にした途端
風俗に勤めて名古屋の街を闊歩していた頃の事が脳裏に次々と甦って
急に全身が弛緩して、精神状態が平静に戻ってしまった。
それまでは紅茶のカップを掻き混ぜるスプーンすら震えていたというのに、
なんだか名古屋にいる自分を自然に受け入れられてしまった。
非日常的行為だと思い込んでいた名古屋行きが、
日常だった事を身体が思い出したというか。
調子に乗ってオペラを追加注文して食べた。
まだ体力的に地下鉄ひと駅分を歩くとか、そういった行為は無理なので
そこまでは自分に要求せず地下鉄を使って、まず矢場町に。
地下鉄を降りるとすぐに松坂屋なのだが、ここもまた数年ぶりで。
南館ホールにあるパイプオルガンの音を堪能するのなんか
中学生以来なんじゃなかろうか。
パイプオルガンの音を聴く為にわざわざ7階までエスカレーターを使って
昇っていって、そこで携帯から某ソーシャルネットワーキングサイトへ
接続して日記を更新した後、入場券売り場に足を向けたら初老のご婦人が
声をかけてきて、自分は使わないからと入場券を(タダで)譲ってくれた。
・・・こんな経験、前にもあったような。
中に入るとそこはアンティークの世界。
ウィリアム・モリス展と銘打ってはいるが実際は彼の会社の作品群なので
もちろん彼のデザインでないものも混じっているのだけれど、
卓上ランプのアンティークガラスと時を経た風合いの真鍮との組み合わせは
コレクターでない某突起名でも涎を垂らしたかったし(実際に垂らす事は
できないので、代わりに舐めるようにつぶさに眺めてきた。)壁紙なんかは
今からデザインをそのまま建築に使っても喜ばれるのではと思うほど
緻密で美しくてキュートだった。
もちろん図録は買いで!
ついでに松坂屋美術館のアーティスティックなベンチに図録を立て掛けて
携帯カメラで記念撮影したり。(←バカ。)
松坂屋の中も見て歩きたかったのだが、誘惑がいっぱいなので
フロアガイドをお持ち帰りするに留めて、次の美術館へ。
また地下鉄に乗って今度は伏見で降りて名古屋市美術館。
レオノール・フィニ。
本人は終生、自分の作品を「シュールレアリズム」とカテゴライズされるのを
嫌っていたらしいが、その理由がとてもよく分かる。
マリー・ローランサンのような明るい色彩と曖昧な輪郭を用いたかと思えば
今度はダリもどきのシュールでグロテスクな構図が展開される。
そしてどの作品も一輪のフィニらしさがどこかしらに表れていて
フィニ本人の我の強さが作品群にそのまま映し出されているかのようだった。
油彩、水彩、舞台衣装、装飾品、とジャンルも実に多彩で独創的で、でも
フィニの作品ばかりを集めたその空間は少し薄気味悪かった。
気分の悪い気味の悪さとはまた違った感じなのだけれど、
上手い表現が思い当たらない。
もちろん図録は買いで!
またしても美術館の休憩所のベンチに図録を立て掛けて記念撮影。
ついでに名古屋市美術館の常設展と、同時に開催している平田実写真展も
買ったチケットで閲覧できたので観てきた。常設展は特に感想なし。
どこの美術館も大概ひとつは「へー、ここの美術館って○○所蔵してるんだ」と
いう意外性は必然的にあるし。
平田実写真展はユーモアが効いていて、やってる本人たちが楽しそうだな、と。
ここまできて本当に疲れてしまったので(午前中の地震の影響で電車の
ダイヤは乱れっぱなしだし)もう一度フォションに寄ってひと息ついてから
帰ろうかと思ったら、1時間や2時間は待たなければいけないだろうくらい
人が並んでいたので、断念。1階のフラッグスカフェもなくなってしまって
ペックとかいうセルフサービス方式のイタリアンバールになっていたので
仕方がなくそこで一休みして、アッサムティーとスモークサーモンの
パニーノを頂いたけれど、ちょっと値段のわりにはお粗末だったかも。
19時までは禁煙という事で煙草を吸って寛ぐわけにもいかなかったので
早々に退散。
家路についたはいいが、帰宅ラッシュだわ、肋間神経痛は痛むわで
駅について叔母さんの車が迎えにくるまでかなり苦しかった。
でも、名古屋にひとりで行ける事が分かって少し行動範囲が広まった。
これで体力的に回復していたら名古屋でも勤務ができるのに。
|