| 2003年08月26日(火) |
『だって愛されたかった。』 |
「だって親は私に厳しいばかりで優しくない。
だから優しく愛されたかった。」
「前の彼氏は私を愛してくれなかった。
だから愛されて満たされかった。」
「友達は自分の言うなりにはならない。
だから心の隙間を埋める為に愛されたかった。」
「誰も私が愛してほしいようには愛してくれない。
だから望むように愛されたかった。」
「あの人は私に愛してほしいだけ。
だから私も愛されたかった。」
「とりあえず愛されれば自分に自信が持てる気がする。
だからとりあえず愛されたかった。」
「自分が嫌われるのはイヤ。
だから嫌われないように愛されたかった。」
「自分には好きな人がいて自分の選んだ人に愛されている実感がほしい。
だからその為に愛されたかった。」
「好きなタイプの人には好かれたくて当たり前。
だから当たり前に愛されたかった。」
「生まれてこのかた、愛を感じた事なんかない。
だから愛されたい。」
別に愛されたい理由なんてなんでもいいし
その感情自体を否定する気はさらさらないのだが。
愛されたいがゆえに人を傷つけるその弱さで
あちらこちらの人に対して刃を振り回して
逆にその痛みに反応した相手に刃を突き立てられ
自分の傷の痛みの広がりに自分で収拾がつけられなくなる度に
自分が人に傷をつけたその事実も忘れて
「助けて」と私の元に駆け込んでくるのは
些か都合が良すぎるのではないか。
「愛されたい」を己の弱さを肯定する為の
理由付けとして好き勝手に使いたいだけなら
その代償として自分の願望で人の心を踏みにじりにしている事実や
自分がただ「傷つけられる存在」としてその事に盲目になるあまり
加害者の側に回っているという現状や
自分の罪悪感や、やっている事の不毛さも
肯定してしかるべきなのではないかと思う。
おそらく私は私の元に駆け込んでくる人に
優しいだけの言葉はかけられないだろう。
いつまでも癒しという名の甘やかしに浸されていれば
居心地は良いかもしれないが
いつまで経ってもそこから抜け出せない。
「だって愛されたかった。」
おそらく私の「愛」が相手に届く日なんて
こないだろうな、と思う。
そう思いながらも私は今日も
あたかも憎まれる為かのように
棘に包まれた言葉を自分の口から紡ぎ出すのだろう。
別にそれでもいい。
愛なんて
甘美なだけの代物とは限らないじゃない。
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