手首、今日お医者さんで見てもらいました。
ちょっと脱臼してたらしく、今固定中です(笑)
整体も行ってきました。
手首以外の治療をしてもらいました。
相変わらず、容赦なく痛かったです(爆)
今日は延々一日の出来事を書くつもりだったのですが、
1通のメールで気が変わったので、そっちを書きます。
あなた、今幸せですか?
・・・シアワセです。
これ以上無いほどシアワセです。
そりゃ、日常生活において、色々問題はあるかも知れないけど、
それを入れて差し引きしたって、シアワセです。
話を聞いてくれる人が居て、
心配してくれる人が居て、
愛してくれる人が居て、
愛せる人が居て、
自分の拙い叫び声を聞いてくれる場所があって。
泣けて、
怒れて、
笑えて、
そんな私の感情を受け入れてくれる人が居て、
こんな私をありのまま受け入れてくれる場所があって。
だから
安心して泣けて、
安心して怒れて、
安心して笑えて。
そんな場所があるってコトで、
ふっと肩の力が抜ける瞬間があって。
そのお陰で、
毎日の時間の流れが
追いすがるほど早くも無く、
鬱陶しがるほど遅くも無く、
受け入れようとしなくても、受け入れられるほど至極自然に流れて行き。
それが凄く楽で、
シアワセだと思う。
人は、生きて行こうと思えばひとりで生きていける。
ひとりで感情を凍らせて生きて行くのも楽だと思う。
他人とのしがらみも無く、
自分だけをみつめて生きて行ける。
けれど、ひとりで生きて行かなければと、
常に力んで、
肩の力を抜く事も無く、
自分は強いと言い聞かせて生きて行くのは、
心が酷く頑なになる。
ホントにそれが楽だと思って居た時期もあったけど、
現在、それが楽かと聞かれると、
きっぱりと、そうだと答えられる自信は無い。
楽=シアワセでは必ずしも無いと思うけど、
それでも、自分を楽にしてくれる人の存在が、
私に、自分はシアワセだと思わせて、泣かせる。
きっと、人との関係を続けて行く限り、
泣かされるのはシアワセを感じる時だけでは無いのだろう。
時が流れるにつれて、
シアワセを感じた場所も人も、
自分の周りから消えてしまうのかも知れない。
けれど、
消えてしまうかも知れないからこそ、
人も場所もシアワセも愛しいものなのだろう。
だからこそ、今のうちに噛み締めて味わうのだ。
今度こそ、
失ってからあの時はシアワセだったなんて思わないように。
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