朝、少し眠っている間に、おかしな夢を見ました。
ひさしぶりに、記憶に残る夢を見たので、忘れないように書き留めておきます。
(以下、夢の中の出来事です。)
夢の中で、私は、大きな一族の長の孫娘(?)でした。
その日、家では何か儀式のようなモノが行われるらしく、 準備を整える沢山の人でごった返していて騒がしかった。 私も、儀式特有の不思議な黒い衣装に身を包んで、 非日常的な人のざわめきを楽しんで聴きながら、 儀式がはじまるのをのんびりと待っていました。
その最中の事でした。
急に、玄関のあたりが、一層騒がしくなり、 先程までのモノとは違う色を持ったざわめきが辺りを包んでいくのを感じて、 私は興味本位で部屋を離れ、慣れた階段を降り、 廊下を辿ってそのどよめきの元へ歩いていきました。
妹の手で(現実の私には血縁上にも戸籍上にも妹は居ないのですが・・・。) 瀕死の「彼」が運び込まれてきたのです。
「彼」は異形の人でした。 もしかしたら、人ですらなかったかも知れません。
しかし、生きていました。
私は、物を見るように「彼」を見ました。
しかし別段、妹を非難するでもなく、 母が瀕死の猫を拾ってきた時のように感情を殺して、 妹が彼を運ぶのを手伝うように指示しました。
・・・それが、私が人としてするべき「無難な行動」に思えたので。
妹の部屋に横たえられた「彼」は 苦しみながらも、もがく力も失って、ただ死ぬのを待っているのです。 虚ろな黒い目が何も無い空間を見つめていて、 「彼」の口からは涎とも胃液ともつかぬ液体が溜まり、 時折、吐き出される空気によって一杯になって、口の端から溢れていました。 それが「彼」の苦痛を、嫌というほど語っていました。
私はそれを拭ってやることもせずに、ただそれを見ていました。
しかし、妹が、近親者を看病するように 「彼」の身体のあちこちを拭いてやっているのを見ているうちに、 「何かが死んでいく」という事を実感を伴って理解し、 自分の心の中が冷たい(恐怖感というにはあまりにも静かな)感情で満たされて、 身体が冷えていくのを感じて私はその場を去ります。
やや時間が経ち、妹から、何故看取ってやらないのかと、かすかな抗議を含めて問われました。 私たちしか、看取ってやる人間は居ないのに・・・と。
彼女の言う事はもっともでした。 しかし、私は冷たくこう答えました。
「私は、人が死ぬ事を考えたくないの。」
その時、私が「彼」の事を、「人」として認識していたかどうかは定かではありませんが・・・
ただ、怖かった。 看取らなければいけないのが怖かった。 逃げたかった。 目を背ける事で、「彼」の死が無かった事に出来るなら、そうしたかった。 誰かが(何かが?)死ぬ・・・という事を考えるのが怖かった。 「死」自体が怖かった。
単に「彼の死」を、「大切な人の死」に置き換えて想像してしまうのが 怖かったのかも知れません。
そして、その「怖い」という感情を、 「彼」によって呼び起こされるのが面倒くさかった。
私は、儀式の準備に参加することもせずに、 何も感じないように、膝の上で痛いほど拳を握り締めて、 ひたすら目の前の机の木目を見つめて時間の経過を待っていたように思います。
やがて、「彼」は亡くなりました。
私は、泣く事もしませんでした。 泣く必要も無かったし。 動かなくなった「彼」を、それが当然の出来事だという風に、無感情に見ていました。 何も感じたくなかったという表現のほうが正しいかも知れません。
周囲は、「彼」が運び込まれた時から、 「彼」の事を「儀式の邪魔になる非常識な客」 「人として扱って良いかどうかも分からない奇妙な生き物」 ・・・として疎ましい目で見ていたので、 「彼」が死んだという事を、私以上に無感動に受け取り、 厄介払いできたという風に胸を撫で下ろす人すらいました。
「彼」は極端に差別されていました。
埋葬しようにも、周囲の反対は激しく、「彼」を普通に葬ることは出来ませんでした。 葬る事自体に反対もされました。
妹は、自分で埋葬すると言って、即座にその場を飛び出して行きました。
私は、周囲の反応に確かな苛立ちを覚えながら、 彼女を追うことも出来ずに、その場に残り、儀式の為に並んでいました。
私は、妹とは違い、分別の求められる年齢だったので・・・。 そして私は、それを求められるのを良しとしていましたし。
しかし、隣に居た祖父(?)の言葉を聞いて、私も妹の後を追いかけて行ったのです。
何を言われたのかは覚えていません。 「何かが死ぬ」という事すら侮辱するような、酷い言葉だったことだけ覚えています。
私はただ衝動に突き動かされて、 彼らと自分が全く違う人間であることを証明したいが為に、走って行きました。
妹は「彼」を運んでいました。 運ぶというよりは、引き摺るという様で、 このまま放っておいても、彼女ひとりでは埋葬などままならないのが一目見て分かりました。
当たり前のように妹とふたりで「彼」を抱えて運びました。
「彼」の身体は、冷たかった。
生き物であることを止めたソレは、 何をしても、何を悔いても、何も戻らないのを物語っているようで、 無力感に苛まれた私の心は冷えました。
私たちは、まるで捨て猫にするそれの様なおざなりな火葬を施す事しかできませんでした。 あちらこちらから燃やすものをかき集めて、「彼」の下と周りに積みました。
火をつけたのは妹だったと思います。 火はすぐに大きくなり、冷たい「彼」の体を激しく包んでいきました。
私は、燃え盛る炎の音を聴き、「彼」の焦げていく臭いを嗅ぎながら思います。
上手く焼く事が出来るだろうか。
焼いたあとは、何処に埋めてやればいいんだろう。
何故、彼は死んだんだろう。
何故、周りは「彼」を差別しなければいけなかったんだろう。
私は何故、「彼」を看取ってやらなかったんだろう。
この巡り合わせは、何を意味するんだろう。
人は何故、自分が正しいと思う事で、ああも無情になれるんだろう。
私は何が怖くて、あの場に居残ろうとしたんだろう。
何が儀式。
何が家。
何が常識。
何が普通。
何が人間。
何が私。
とめどない考えに身を任せているうちに、 今まで抑えていた何かがパチンとはじけたように、訳の分からない激情に飲み込まれて、 私は自分と周りとにやり場の無い怒りを感じ、頭の中で糾弾し続けました。
しかし、巻き上がる火の粉は、 私の感じている怒りも無力感も自己嫌悪も我関せずという風に、 ひたすらパチパチと音をたて、風に乗って巻き上がっていくのです。
今更悔いても、変わらないのです。
「何も言わなかった。」「非難はしなかった。」なんて、言い訳にしか過ぎません。 確かに何も言いませんでした。 しかし、私は・・・「何もしなかった。」
私は、死を想起させられる事を怖がり、 周囲の目を気にして、迎合することしか考えられずに、 「彼」に妹のようにしてやる事ができなかった時点で、 冷たかった周囲と変わりません。
その時の私にとっては、消えていく火の粉は、戻らない時間の象徴でした。 私には、悔恨などなんの役にも立たない事を示唆しているようにしか見えなかった。
火の粉の舞う様子を見ては、「彼」が私を責めているような錯覚に陥って、 またしても私の心は炎で熱を帯びる空気と肌とは裏腹に、 矮小な自分を思って冷えていくのです・・・。
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