たぶんこれは試練。 - 2009年08月24日(月) …そして、親の心子知らず、ということになるのでしょう。 月曜日です。 例に漏れず、今日も寝坊してしまいました。 何か、毎週こんなことになっています。 この週末の表ブログに ふわふわした一週間が終わりました…。 ラスト数日は無理矢理現実に引き戻される感じがたまらなく嫌でした。 などと書きましたが、これにはちょっと深みがありまして。 会社に行ったら、鷹通みたいな男子はいないなー、なんて改めて気づいた(笑)というような軽薄なものじゃありません。 そのことに、少し整理をつけるためにも――あと、気分的にも落ち着きましたので、書いておこうかなあ。 先の土曜日に父が来まして。 私はその日の昼間、会社の労組の定期大会(今年代議員になっちまっただよー/泣)だったので、昼間は会社にいて、夕方帰宅しました。 で、父と定食屋でゴハンを食べたのですが。 まあ、もじもじ何か話したそうな感じで。 何かと思ったら、 「うーん、これねぇ、こないだお父さんが一緒に飲んでた××常務さんから渡されたの」 と封筒を渡して来ました。確かにこの前来たとき、昔お世話になったひととしこたま飲んで帰ってきたんだよね。 …知らない会社員の写真とプロフィールが入っていました。 「うちの娘がひとりだから、誰かいないかって言ってみたんだけど、本当に紹介してくれたさあ」 …。 たぶんこのひと出世するよー、などと言う。 プロフィールを見たら、そういうひとだ。 別に悪いひとじゃあなさそうだ。 だがな、そんなことするなら、もう我が家に来ないで。 怒りに満ちた感情に襲われて、次の話題に移るまで何も覚えてないくらい「カッ」となってしまいました。言葉とリアクションがわからなくて、たぶん私、紙みたいになってたと思う。 「まあ、考えておいて」 と父が一旦話を切って(私は勿論「考えるかアホー!!」と心で絶叫した)、次の話題。 「Uちゃん(母)が、乳ガンだって」 もう真っ白ですよ。 何もしていないと、いろいろと考えてしまうものですね。 そして考えると涙がやはり出てしまって。 母は私が6年生んとき、卵巣をひとつ摘出していまして。 その病気になったときは、家庭が瀕死状態。 今回のガンは、今は1センチほどになっており、センセイが言うにはここまでの大きさになるまでに2年ほどかかっているという。それって、父が大学院受験を始めた頃で、母も、父が定年後の生き方を模索し始めたのだと思います。 母は専業主婦で、自分の在り方がそうそう変わる訳じゃないけど、収入が減ることを悩まなかったはずはないし。特に父が、院生になれば、多大なる出費な訳です。 志の高い父を、嫌いではないけれど。 いろいろ重なり過ぎて、これ以上何かあれば、一生恨みに思ってしまうだろうな。 でも、罪という点で言うと、私も同罪かも知れません。 最近実家をないがしろにしていたのは確かだし。 何かね――私を、借金(ていうか、学資ローンですが)してまで大学に遣ってくれたことまで、気に病みだしてます。 母の自己犠牲の尊さとか。 思うと。 本当に、どうしよう、って。 また、しくしく泣くと、ことりちゃんがキスで慰めてくれて、また泣けます。 カワイイんだ〜、肩にとまって、くちばしを頬にくっつけて、じーっとしてるの。 昨日は、医療情報技師という資格試験だったんだー。 帰りに、このまま帰るのもなあ、と思い、姐さんに連絡したのだけど、通じなくて。 会えばたぶん、↑というようなことを話してしまったと思うけど、会えなかったってことは、ひとりで頑張れということなのかな。 帰宅して、阿呆のように、おはなし書き。 よくわからないけど、なるようにしかならないとは思わない。 …という訳で。 土曜日から禁酒です。無期限。ぜんぜん平気。 何か。 こんなこと書いてすみません。 でも、こんなことを書くのはここでだけなので。 ...
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