今日はK松課長デー? - 2003年08月15日(金) 地下鉄がすいてる。 バスもすいてる。 釧路にいたときはあんまり気付かなかったけど、やっぱりお盆って、ほんとに世の中休みなんだね。 会社に、全社員が1日の予定を登録するシステムがあるんだけど、それを見ても休みが圧倒的に多い。 お盆に1日くらい休んでおくべきだったかなー。 みんな休んでるのに仕事してると悔しいなー。 バスで寝てたら、降りたとき、K松課長に声かけられて 「おい(苦笑)、寝てるぞ、オマエ」 と言われた。「もうちょっと元気出せー?、オマエ見るからに元気ないぞ、俺も元気な訳じゃねえけど」 元気、ね…。 私の元気、ドコにあるんだろ。 今日は、終戦記念日ですね。 広島の原爆の日にズームインを見て号泣してからというもの、戦争はいけないなあ(って、すごく曖昧すぎる表現で申し訳ないけど)と強く思うようになっていたので、例年よりも今日を重く受け止めている。 もちろん私には直接体験の範囲外だけど、戦争で思い出すのは、父方の祖母の話です。 一応、釧路も空襲されたみたいなんです。工場があったので、狙われたんでしょうか。 空襲に焼かれた市街中心部に住んでいた(その場所がどうも私の免許に書いてある本籍地らしいのだけど)祖父夫婦。祖父はどういう理由か私は知らないけど、徴兵はされず国鉄職員としての仕事を戦中も続けていたようです。 空襲が始まり、祖父は駅へ行き、祖母は炎の中を市外に向かって逃げた。 炎。 土の道路。 周囲も自分と同じ方向に逃げている。 直接体験じゃないけど、これが私の戦争の「原風景」なんですよね。 不思議。 おばあちゃんから話を聞いたとき、今よりずっと想像力が豊かだったからかな。 帰り。 端末の電源を落とす直前まで、長さんと、K松課長の話を例のソフトを使って話していたら、階段でK松課長に会った。 こんな頻度で課長に会うのは、札幌に来てから初めてだ。私、もうK松課長の下じゃないし。 「よー」 「はいー」 階段で私の靴がカッタンカッタン音を立てていた。 「うるっせー靴だなー(苦笑)」 「はいー」 それからバスと地下鉄をずーっと一緒に乗り継いだんだけど、やっぱり上司らしくオトナらしく、コドモ全開な私にいろいろ質問してくれたりするんだよね。 「こっちにいたら車に乗らないだろ?」 「努力して土日には乗るようにしてます。支笏湖とか行ったんですよー」 「何、ひとりで?」 …ナンじゃ、ひとりが悪いんかい?(←一瞬沸騰しかかった) 私かてひとりでこないなことしたないわ! 「はい。だから、あんまり車から降りません」 「楽しくなさそーなドライブだなー」 エート、本人はけっこう楽しんでるんですが。 私の楽しみって、あんまり理解してもらえないらしくて、いつだったか、あっちゃんにも「それってさみしくない?」って訊かれたことある。 確かにそうかも知れないけど、ひとりであっても、自動車で遠くに行きたい気持ちや、その道の先がどうなっているのか知りたい好奇心を満たそうとしてもいいじゃない。どうしてそうやって考えてくれないんだろうな? 地下鉄が課長の降りる駅に着いて、じゃ、って右手を上げて彼は去っていった。 おう、カッコいい〜vvv 何か、私、彼を見ていつも思うのだけど、タフガイ(←死語?)を絵に描いたようなひとだよ。 K松課長は単身赴任。これから夜駆けで自分の家に帰るんだって。 何か、やっぱり自宅に帰るのって嬉しいのかな。朝よりも元気そうでした。 ...
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