狐につままれる - 2002年09月12日(木) 「これ、持ってって。多分干物だろう、おいしいよ」 学会のドンはこともなげに患者さんからの差し入れの包みを指差すと、十数分待たせたままのハイヤーに乗る為に大急ぎで去って行った。丸いケーキでも入っているのかと思うような厚みのある箱が1つと、菓子折くらいの薄さの箱が1つ、いずれも発泡スチロール製。私と越野さんとで大きな方をおそるおそる開けると、おがくずに埋もれた伊勢海老、少なくとも3匹はいるだろう。一匹のヒゲが緩慢に動くのを認めて、私も彼女も、控え室にいたナースも驚く。「わ、生きてる…!」 どうしようかと困った挙げ句、越野さんが伊勢海老を、私はもうひとつの箱の金目鯛の味噌漬けを持ち帰ることになった。彼女は恐縮していたけれど、ひとり暮らしの私があんな大層なものを貰うより、彼女が家族とあの大きな海老を囲む食卓の方がずっと楽しそうだと思う。 「ねえ、お家の人に電話しておいた方がいいんじゃない?」 「あ、そうか…そうだよね」 帰り道、彼女は携帯を取り出して自宅にダイヤルする。 「海老を頂いたんだけど、すごく大きいやつ…うん、そう、だから夕御飯はね……」 大きな海老。果たしてその表現で正確に伝わるだろうか、と一瞬心配になるけれど、とりあえず口は挟まないでおく。 「どんな風にして食べたか、教えてね」 「うん! …でもほんと、どうなるんだろ、ねえ?」 「ね」 2人で笑いながら別れる、ああ何だか狐につままれたような日だった、と言いながら。 -
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