去る4月19日、父が永眠いたしました。 癌が発見されたのがちょうど地震の頃でしたので、1年1ヶ月の闘病生活でしたが、最後は眠るように苦しまずに逝ってくれたので、それだけが救いです。
で。 大変なのがそれからです。 お通夜&告別式という関門をこなさなければなりません。 わたしの元々のイメージでは、病院で亡くなって、そのまま病院紹介の葬儀屋さんに頼んで…という流れだったんですけど、何しろ自宅で亡くなったもので葬儀屋も自分で探さなくてはならない。 ま、病院紹介だとぼったくられる…とか、いろいろ聞きますしね。 なので、自力で探すしかないとネットとタウンページで検索しまくりましたよ。 で、見つけたのが、タウンページに載っていたNPO法人の葬儀サポートセンターみたいなところ(正式名称忘れた)。 そこに電話して、市営の斎場でやってくれる葬儀社を紹介してもらいました。 そこの市営の斎場だと、民間斎場より費用も安いし、火葬場も併設されているので移動の手間や費用を削減することができる。 さいわい21・22日で予約が取れました。
で、翌朝20日、葬儀社の人に見積もりに来てもらい、祭壇のランク、お棺のランク、会場の大きさ、返礼品の数量などを決め、だいたいの見積もりを出してもらう。 派手なお葬式ではなく、こじんまりと家族・親族・親しい友人のみで行う「家族葬+α程度の規模で考えてます」と伝え、祭壇ランクは中、お香典返しはちょっと質素、予想会葬者数おさえめ、お料理も少なめで見積もり出してもらいました。 この打ち合わせが1時間程度。 そして各所への連絡。 父が生前、「お葬式連絡リスト」をまとめておいてくれたのだが、名前と所属だけのリストだったため、電話番号を調べるのに手間取った。 その後わたしはいったん荷物を取りに戻って、他の家族は必要な物の買い出し。
そして21日は出棺とお通夜。 2時頃に葬儀社の人が来て、父をお棺に納め、家から運び出したのだが、この作業も大変だった。いや、うちの玄関の構造が悪いんですけど。
で、6時からお通夜開始ですが、親族は4時半会場集合。 到着した時はまだ祭壇の設営中。生花に立てる札の順番を決めたり、受付のお手伝いに来てくれた方や、会場に到着された方のご挨拶をしている間に時間は過ぎた。 で、6時10分前には着席して、お坊さんを待つ。 お経は40分間くらい。 喪主である母が最初に焼香し、次にわたしと妹達の番だが、なんと礼と合掌と焼香の順序を間違えてしまった。 で、たいていの人は前の人にやった通りに真似るので、その後しばらくこの間違い焼香が続いてしまった…(笑)。
ところで、予想外だったのが会葬者の数。 「家族葬+α」のつもりで会場も小さめ、お香典返しも多くは用意していなかったのですが。 思ったより広範囲に連絡がまわっていったようで、フタをあけたら家族葬でもなんでもない一般的な葬儀になっておりました。 お香典返しも通夜振舞のお料理も追加はできたので良いのですが。 もうちょっとランクのいい物にしておけば良かったなーと今さら後悔。 まあ、でも、やはりたくさんの人に来て頂けたのは嬉しかったですね。
この日は家に帰ったのは8時過ぎ。思ったより早く帰れました。
翌22日は告別式ですが。 会場の予約が滑り込みだったため、開始が朝の9時からとやたら早い。 8時過ぎくらいに会場に到着し、読み上げる弔電を選んだりなどして、またあっというまに開式。 ここ数年、お通夜はともかくよそ様の告別式には出席したことなかったので知らなかったのですが、最近は初七日法要までつなげてやってしまうのですね。なので家族は二度焼香しました。
そして喪主挨拶。 前の晩にみんなで顔つき合わせて考えた原稿を母が読み上げた。 その後、父の所属していた合唱団が歌を贈って下さり、これが感動的でした。
そして一行は火葬場へ。 同じ建物の中にあるので、これが本当に助かりました。 別施設に移動となると霊柩車とかマイクロバスとかの手配も要るし、時間もかかるので。
精進落としを済ませて、家に着いたのは2時頃でしたかね。 しばらくしてから葬儀社の人が家に来て、後飾り壇を設営してくれました。 これで一段落。 2日間にわたる葬儀は終わりです。 疲れたー。
ま、この後も頂いたお香典の整理とか、お役所・金融関係手続きとかやることはいろいろあるのですけどね。 ぼやぼやしてると49日になっちゃうし。
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