みかんのつぶつぶ
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| 2002年06月10日(月) |
Forget-me-not |
午後6時。 この季節独特の湿った空気が漂う病棟の廊下。 お茶を配る、配膳の女性の笑顔と声。
「ああ、今日は奥さんがいらしたのね。良かったわぁ。 なんだかね、とっても寂しそうなのよ夕食ひとりだと、旦那さん。 気にしたらごめんなさいね、でもね・・・」
早く帰っていいよと彼が言う。 そう、それならもう帰るね、と病室をあとにする。
私が帰ったあとの彼の姿はわかりきっていた。 どんなにか不自由で寂しくなるのかなんて、痛いほど。 だから帰り道は重い気持ちを引きずりながら歩いていた。
もう少しいてあげてもいいんじゃない? たかが1時間、早いか遅いかなのだから。
自問自答。 自責の念。
そのうち早く帰る理由を探し出す。
今日はこれで早めに帰ったら、 明日はもっと明るく彼の前にいけるだろう。
そんなことの繰り返しだった。
いつ死んでもおかしくないんだよ。
主治医の言葉を肯定的に受けとめながらも、 日常的になった入院生活の雑多な疲れで覆ってしまっていた。
だって、生きているんだもん。 生きるために右往左往しているんだもん。 死ぬということを前提に治療をしているわけではない。
あの雑多なことが、彼が生きていた証しなのだった。
忘れな草を買ったのは、この時期だった。 がんセンターの入口に並んでいた花の前で車椅子を止めて、彼もみつめていた。
別れても別れても心の奥に いつまでもいつまでも 憶えておいてほしいから 幸せ祈る言葉に換えて 忘れな草をあなたにあなたに
いつの世もいつの世も別れる人と 逢う人の逢う人の 運命は常にあるものを ただ泣きぬれて浜辺に摘んだ 忘れな草をあなたにあなたに
よろこびのよろこびの涙にくれて 抱き合う抱き合う その日がいつか来るように 二人の愛の想い出にそえて 忘れな草をあなたにあなたに
これから直面するであろう私の苦痛なんて、どうってことないよ。 全然平気。
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