親子3人で棺の中の・・・ - 2005年07月15日(金) 私の年齢でお葬式を4〜5回出てるのは多いかもしれない。 いや、もう私も成人してるし、普通なのだろうか・・・ 母方の祖祖母が亡くなったのでお葬式に。 91歳でした。 私が成人しても祖祖母がいるというのはすごいかな。 親からすれば祖母だから50歳までいたことになるんだよね。 親は孫にあたるので絶対ですが、私は3親等なのでどちらでもいいといわれたけど、 弟も出るし、従兄弟も出るので私も。 お通夜は出られなかったけど。 従兄弟は一緒に住んでたこともあるけどね。 私は人見知りが激しく、祖母だけしかなつかなかったけど、祖祖母はすごく優しかったし、元気だった。 私が高校卒業までは正月に行くたび元気だった。 その後も寝たきりとかにはならず、畑仕事をしていた。 特に目立った病気も怪我もなかった。 すごく元気だった。 いつの間にか私もあまり家には行かなくなり、顔を合わせることもなかった。 従兄弟(中三、小6、小4)たちはすごく悲しそうだった。 末っ子の七海ちゃんは涙をこぼしてた。 私が・・・あの時はどうだったのだろう。 私は4歳か5歳ぐらいだった。 ドブ(下水道)に落とした髪留めを伯母さんにとってもらおうと頼んでた。 寝室で弟と遊んでた。 茶の間で・・・ 親子3人で棺の中の・・・ 父を見ていた。 死に化粧をした。 私は泣かなかった。 死の意味は理解していた。 その後「お父さんはどこ?」なんて聞いた覚えがない。 昔から泣くまでは我慢する子だった。 泣いてからは止まらなかった。 「まだ小さかったからわからないでしょうね・・・」 親戚の人が言った。 葬儀、火葬が終わって、食事。 15時ごろってのが毎回困る。 太ってきたからな・・・ 親戚「○○さん(母)のとこが亡くなってだいぶ経つわよね」 母「そうですね・・・今年で20年です」 親戚「うちのところは18年だから・・・お父さんのこと覚えてる?」 弟「・・・え〜・・・」 母「覚えてないでしょう(苦笑」 親戚「まだ小さかったからわからないでしょうね・・・」 結局お互い人見知り(母も叔父さんも)だったせいか、子供もみんな人見知り。 おまけに歳が離れてるので会話することなく終了。 弟とアクアラインバスで帰りました。 久しぶりに弟と話した気がする。 お互い電話番号さえも知らないから。 私「お前さ、この前(音信不通の件)連絡しろよ」 弟「それは・・・悪かった、ゴメン」 私「それに小田急相模原って何もないじゃん。新宿出るのにどのくらいかかる?」 弟「40分ぐらいだよ。いつも電車乗るわけじゃないし」 私「そうなの?こっちは乗るからねぇ」 弟「日吉でしょ?新宿までどのくらいかかる?」 私「横浜も渋谷も20分で行けるよ」 たわいのない会話。 そして横浜着 弟「そいやこの辺にヨドバシある?」 私「あるよ」 弟「ゲーム屋でもいいんだけど」 私「ゲーム屋の方が知らないけど、ヨドバシの1Fにゲーム売り場はある」 弟「どこ?」 私「どこって説明しにくいな」 説明してもわからなかったので結局近くまで案内。 弟「ありがと。じゃぁ、元気で、ねぇ」 私「たまには連絡しやがれ」 横浜でドラム1回して帰った。 疲れたしね。 でも選んだ曲が・・・ タイピとか(汗 今度はBチームでした。 ...
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