| 2005年07月06日(水) |
たぶん 何度も繰り返す |
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大好きな先生がいます
去年の夏休み直前、突然入院されてしまい、個人的に伺っても 病名も知らされず、見舞いに行きたいと言っても 面会を許して貰えないどころか病院さえも教えて貰えず、 (と、言うか他の先生も何も知らされていませんでした) もぅ会えなくなるかも知れないと すごく心配して、でも、彼女は回復して 新学期に会えたことが嬉しくて 思わず私は泣いてしまった
そんくらい好きな先生
彼女の前で泣いてしまったのが 夏休みあけた頃
彼女に最後に会ったのが 春休み入る頃
ちょうど、ドイツ行きの飛行機で同乗しました 嬉しくて嬉しくて、 帰ったらもっと、もっと先生とお話し出来るようになるんだと そう思ってさよならしました。
新学期になって、学年もあがって ドイツで鍛えた度胸を以て 先生に何を話そうか、どう話そうか 久しぶり、ドイツ楽しかったの、 ドイツでこんなこと勉強したの なんて話そうと 見栄はって事前にドイツ文考えて いつも学校で今か今か、どこにいるのか、探していました
三年生になって 取れるドイツ語授業がなかった為もあり 何となく会えないまま半年が過ぎていました
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先月、友人と遊んでいた時
友人は、「この本屋で先生に会ったんだよね」 と言った。何となく会えることを自然に任せていた自分は 彼女が話題に上ったことが嬉しくて、先生の近況を知りたかった
「最近探しても見ないんだ」
「あ、先生死んじゃったよ」
何かが頭を通り抜けたような気になった
「へぇー、そうなんだ。知らなかったよ」 彼女と同じ調子で、ごく普通の返答をして 何でもなくそのまま友達と遊んで
地元に帰ってからその後、かなり強引に相方を呼びつけて 交際前のように夜の裏道歩きに付き合わせて
歩いて 歩いて 歩いて
歩いて
他愛もないことばかりを話していました 翌日も会って、久々に一日中遊んで 楽しいねって心底思った帰り道で やっと
大好きな先生が死んじゃったことを 半年も知らないでいたのに、 そんなにショックじゃないことがショックかもしれなくて
でも、手術前の暗く沈んだ先生よりも 故郷に帰る前の、穏やかで素敵な笑顔が 最後の思い出なのは、良かったと思って
先生は まだ故郷から帰ってないだけのように感じて
先生は、日本のごはんを大好きでいてくれたから そのうちまた家族と来るような気にもなっている
と
吐き出しました
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今日 知らないドイツ人の先生に
「先生はどちらにいらっしゃいますか?」
と、気付いたらドイツ語で聞いていました
「あら、貴女ドイツ語できるのね」と、言われたのに対し 「ええ、ほんの少し」と、答えると
「ごめんなさい、その方のことは知らないの」
と 言われました
Ich mochte mit Lehrerin untarhalten . Aber ich kan nicht Frau ... treffen .
Deshalb ich bin traurig .
いつものように単語や文章の正確さはありません 何とか通じますが真に受けてはいけませんよ
先生が帰ってらした時、嬉しくてあんなに泣いたのに
今は 悲しいとは感じません
不思議と涙も出てこないのです
「会えると良いわね」 と、言われ 「えぇ」と、笑って
教室を後にしました
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