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2002年09月05日(木) 『ローマ人の物語�次ヾ躓,塙酩�』

『ローマ人の物語�次ヾ躓,塙酩�』読了。塩野七生。新潮社。
 読み終わってしまった……。
 気がつくとすでに�軸�目まで来ていて、現在�彰�までしか刊行されていないため(全15巻完結予定。1992年から2006年まで、1年に1冊ずつ書き下ろされているのだ)、いよいよ追いついてきてしまっていることになる。それだけに本当は日々50ページくらいずつ、ゆっくりと、味わうように、味わいつくすように読み進めていきたいのだけれど、おもしろいのでついついページを手繰ってしまうのだ。
 これはある種矛盾していると自分でも思うのだけれど、こういうシリーズ物は早く読み進めたいのに、全部読みつくしてしまうのが寂しいと思いがちだ。おもしろい長編小説を読んでいるときにも、その世界に没頭しているがゆえにそう思うし、いわゆる大人買いをしたマンガの最終巻あたりにきたときにも同様の感情を抱く。いずれにしても、だったら読んでいるときに味わいつくそうと精一杯集中するほかはない。

 皇帝ネロの死からローマにて内乱が起こり、一年の間に3人もの皇帝が生まれる時代からこの巻はスタートする。まさに「危機」だ。けれども、ローマ帝国の歴史は変動する時代に応じて適切な資質を持った時代の担い手になる人物が登場する不思議なリレーの歴史でもあるので、やはりこの「危機」状態を「克服」していく、回復させる担い手となる皇帝が登場することになる。それが、ヴェスパシアヌスだ。
 いくつかの部分での解説により、読み手はローマ帝国がこの後に「五賢帝時代」と呼ばれる平和を享受する時期を迎えることになるがわかっている。だから、ヴェスパシアヌス、ティトゥス、ドミティアヌスの3人の世襲の皇帝たちによるフラヴィウス朝は、どちらかと言うと混乱の時期から賢帝たちの時代へのバトンタッチのつなぎのような意味合いすら感じられるかもしれない。
 けれども、読み進めてみると、五賢帝時代に踏襲される重要な政策のいくつかは、この3人が生み出したものであることが少なくないし、完全無欠の皇帝は存在しない分問題もあるにはあったが、有益な施策を打ち出していたのだ。

 いずれにしても、戦乱に明け暮れる時期があり、ようやく平和が訪れもし、けれどもしばらくするとその平和の内側で不正がはじまり、また指導者の性質により様々な善きことと悪しきこととが繰り広げられていく……そういう意味でローマ帝国の歴史は人間性の体現でもあるかのようで、読んでいて考えさせられるところがたくさんある。

 また、ティトゥスの治世の間にヴェスヴィオ山の噴火が起こり、ポンペイ等の都市は火砕石や火山灰の堆積の4メートルも下に埋まってしまったのだ。ポンペイはかなりの歳月の後に、発掘されることになるのだけれど、そういうのも生々しい。

 そして、学校の勉強とは異なり、こういう通史を読んでいると、印象に残る度合いが違うためか、たとえばローマ皇帝の名前をアウグストゥスから12代目のネルヴァまで順番にそらんじることができるようになったりもする。歴史の教科書で、皇帝の順番を示す図を眺めても、たぶん覚えるためには何度も復唱しなければならないだろうなと思うので、好奇心と記憶力はある程度はリンクするのだなと思う。

 気になったところや気に入ったところを。


 平凡な資質の持ち主は、本能的に、自分よりも優れた資質の持ち主を避ける。自分にない才能や資質を迎え入れることで、自分自身の立場を強化するなどという思考は、平凡な出来の人には無縁なのだ。(35ページ)


 良き意思とそれを他者に伝える言葉をもっているだけでは、革命であろうと改革であろうと再建であろうと実現できない。意思と説得力に加え、権威なり権力なりがないと実現はできない。(……)意欲はあってもそれを実行できる立場になかったり、それを実行するに必要な力をもっていなかった人の場合は、非難することはできない。しかし、やろうと思えばできた人がやらないのは、ただ単に精神の怠惰にすぎない。(72ページ)

 ローマ世界の内でのユダヤ教徒の存続の可能性を信じたユダヤ人は存在したのである。つまり、ローマ人にとっての哲学としてもよい「普遍」と、ユダヤ人の宗教の説く「特殊」が、共存し共栄できると考えたユダヤ人は存在したのだ。現代ではまるで、ユダヤ人全員が一丸となって支配者ローマに反抗したかのように思われており、それに対して疑問をいだく人からして少ない。しかし、人間社会の一面しか見ない、カエサル流に言えば「見たいと思う現実しか見ない」傾向は、ユダヤ人自身にとっても良い結果をもたらさないと思う。異なる宗教、異なる生活様式、異なる人種であっても、ともに生きていかねばならないのが人間社会の現実である。玉砕は、後世を感動させることはできても、所詮は自己満足に過ぎない。(183-184ページ)


 この百年の間にローマ人は、はじめはしぶしぶ飲み下した「薬」が、実は大変な効果を産んだことを理解していたのだった。現代風に言えば、帝政に対するコンセンサス(……)は確固としたものになっていたのである。それゆえに、ローマ帝政の危機とは、皇帝統治システムの危機ではなく、皇帝になった各人のその職務に対する適格度によって生ずる危機であったのだ。(206ページ)


 歴史家ギボンは、ローマがなぜ滅亡したのかと問うよりも、ローマがなぜあれほども長く存続できたのかを問うべきである、と言った。多民族、多宗教、多文化という国家としてはまとまりにくい帝国であったにもかかわらず、なぜあれほども長命を保てたのか、ということのほうを問題にすべきだ、という意味である。だが、それに対する答えならば簡単だ。ローマ人が他民族を支配するのではなく、他民族までローマ人にしてしまったからである。(285ページ)


 それで、学者ではない私自身の人間性への観方だが、ローマ史を書きつづけるに際して私が、自分の判断の基準にしたことが一つある。
 それは、最高統治者である皇帝が成したことが共同体、つまり国家にとって良いことであったか否かを判定するにあたって、タキトゥスをはじめとする歴史家の評価よりも、その皇帝の後につづいた皇帝たちが、彼が行った政策ないし事業を継承したか、のほうを判断の基準にすえたのである。(331ページ)


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 お知らせ

 大人買いをしたときに、大人になったのだなと実感します。


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