Sun Set Days
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| 2002年07月16日(火) |
『仕事力』+『ローマ人の物語�掘‐ー圓虜�迷』 |
月曜日は日帰りの大阪出張。 午前7時過ぎに部屋を出て、午後11時前に部屋に戻ってくる。 行き帰りの新幹線で『仕事力』という本を読み終える。ダイアン・トレイシーというコンサルタントの書いた本で、『7つの習慣』のスティーブン・コヴィー氏大絶賛と帯に書かれているので、読む前からどういった内容が書かれているのかは類推できるような感じではあった。帯にはさらに「仕事にやる気をなくしてしまった人に『必読の書』だ!!」とも書かれていて、別に仕事にやる気をなくしてしまっているわけではないけれど、それでもたまにこういう本を読むのはおもしろいよなとか思っている。こういう本というのは、読めば確かにそうだっていうことがたくさん書かれていて、けれどもアタマでわかるほど実際の自分の生活で実現できているわけではないスタンスや習慣のようなものであふれている本ということ。
ただ、そういう書き方をしてしまうと見も蓋もないけれど、こういう本を何冊か読んでいると、そこに書かれている内容に数多くの共通する部分があって驚いてしまう。それぞれの著者のバックボーンや、アプローチの方法、あるいはテーマ(仕事の進め方なのか、人生の進め方なのかなど)によって表面こそ異なるけれど、書かれている内実というか内容は本当に似通ってくる。そのことからは、結局は自己実現のようなものを得るためには奇道はなく王道だけなのだろうなということを思わされる。
そして、それを思うことができることだけでも、たまにこういう本を読むことに(個人的に)意味はあると思う。 結局は自分次第だし、大切なのは目指すべき方向がどうであれ、自分の目指したい方向に向かって継続的なビジョンを持ち続けることであるとは思うけれど、それを実現するための具体的な方法もこれらの本のなかにはたくさん収録されていて、そのうちのひとつでも参考にできるのであれば十分だというように思う。全面的に依存するような付き合い方じゃないければ、こういう本はとても有用なんじゃないかと思うのだ。まったく白紙の状態から「こうするべき」という具体的なアイデアや方法のようなものを捻出するのには労力も時間もかかるわけだし。
それに、価値観も何もかもが氾濫しすぎていて、また自分を楽観的ではあると思うけれど、それほど強い人間だと思ってもいないので、やっぱりある種の参考例みたいなものがあるというのは、便利なことだと思うし。 書店にはこの類の本は溢れていて、その中で本書を手に取ったのは、このダイアン・トレイシーという人がMTVのコンサルタントをしていると書いてあったことと、『7つの習慣』の名前が帯にあったこと。MTVとこういうコンサルタントの人がなかなか直線で結ばれないイメージがあったので、どういう感じなのだろう? と興味が沸いたのだ。
内容としては、自尊心や社交術、仕事オンリーの生活からの脱却、あるいは転職や失業などのいくつかのテーマを、そのテーマに悩む登場人物のストーリーを通じて、わかりやすく解説しているので読みやすい(転職や失業に一章割かれているのはアメリカ人の著者らしいような気がする)。おそらくは著者のいままでのコンサルティング業務から作り出された架空の人物のおかれている状況は、確かにリアリティのようなものがあるし。そして、彼や彼女らは、それぞれが抱える問題を<キャリア・エンパワーメントのための4ステップ>を各自で立てることによって解決していく。その4つのステップとは以下の通り。
問題を明確にする 前向きなビジョンを持つ 自分の感情を受け入れる 自分本位の選択をする
この4つのステップを明確にすることにより、自分で変えられる部分とそうでない部分を判別し、自分のできることについてポジティブに注力していっていくのだ。 たぶん、これまで読んだ類書と比べて特別めずらしいことが書かれているというわけではないと思うのだけれど、それでも、やっぱり参考にはなるよなと、読んでいる間は思っていた。 なるほどと思った部分の一部を以下に引用。
ある賢人がいったように、被害者は存在しない、進んでそうなろうとする志願者がいるだけ、なのです(……)被害者のままでいようとする人がいるのはなぜでしょう? きっとなんらかの見返りがあるにちがいありません。理由として一番多いのは、被害者を演じていれば、自分の不満足な状態に責任を持たずにすむ、ということでしょう。そこで不平をこぼし、ひとの同情を買うことにエネルギーを費やすわけです。(57ページ)
働く人の権利章典 1.人は職責を明確に知る権利を持つ。 2.職責を果たすために必要な権限をあたえられる権利を持つ。 3.仕事の達成基準を知り、さらにその上を目指すことを奨励される権利を持つ。 4.基準に達する仕事をするために必要な研修を受ける権利を持つ。 5.必要な知識と情報を得る権利を持つ。 6.フィードバックを受ける権利を持つ。 7.認知される権利を持つ。 8.信頼される権利を持つ。 9.ミスをする権利を持つ。 10.敬意を払われる権利を持つ。 (59ページ)
停滞期は誰の人生にもキャリアにも現れる自然なプロセスです。失敗のシンボルではありません。否定的な意味を持つようになるのは、それが永続的な状態になってしまったときです。 停滞期は行き止まりではなく、移行期でなければなりません。人生の次の段階を組み立て、準備するための基盤、土台といえます。現状をよく見つめ、自分の存在価値を再確認し、新しい目標を立てるための時間なのです。(186ページ)
物事が難しいから、われわれが挑戦しないのではない。われわれが挑戦しないから、物事は難しいのである。――セネカ(205ページ)
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火、水と連休。 最近はピーク時に消化しきれていなかった休日の消化の時期にもなっていて、シフトとしての休みが結構多くなってきているのだ。 今月末には夏休みもあるし、休めるときに満喫しておこう。
と言いながら、火曜日は午前中にちょっと会社に顔を出し、上司と打ち合わせ。 午後は、また青葉台に買い物に行き、本を何冊か購入し、コーヒーショップでコーヒーをおかわりしながら『ローマ人の物語�掘‐ー圓虜�迷』を読み終える。 今回読了したのは、ハードカバーのほう。つまり、ついに『ローマ人の物語』のハードカバーのほうに手を出しはじめてしまったのだ。 勝者の混迷は文庫本ならばおそらく9月に発売される予定の6、7巻にあたる部分なのだけれど、あんまりこのシリーズがおもしろくて、そして8巻以降の文庫化が来年以降になってしまうということでもあって、そんなに待っていられないというふうに思ってしまったのだ。それで、�掘↓検↓垢�3冊をハードカバーで購入してしまった。 高かった……�靴�2300円、�犬�3100円、�垢�3200円。ただ文庫本で分冊になるだけあって、�犬鉢垢覆匹呂修譴召�450ページ以上ずつあるので、読み応えは充分にあるとはおもうのだけれど。 ただ、読みはじめてみるとおもしろくて、こういうのは嬉しい誤算というのだろうなとは思う。
このハードカバーの3冊目になる『ローマ人の物語�掘‐ー圓虜�迷』は、帯に書かれている文章を引用すると、以下の通りになる。
ハンニバルを倒し、帝国カルタゴを滅亡させ、一気に地中海の覇者となったローマ人。しかし大国への道のりの速さゆえに、ローマは内部から病み始める。権力が集中しすぎた元老院に対して改革を迫る若き護民官グラッスクスは同国人に殺され、続く改革者たちも、内なる敵に向き合わねばならない――ローマ人はいかにこの”混迷の世紀”を脱却するか。
内憂外患という言葉のように危機が同時に訪れたわけではないけれど、ハンニバルの脅威という強敵に屈することなく団結して危機を乗り越えたローマが、次は内なる争いに巻き込まれていくのはハッピーエンドで終わるわけではない歴史の現実のようなものを感じさせられて興味深い。人間は勧善懲悪だけの世界に生きているわけではないし、既得権益を守り抜こうという保守派の勢力と、改革派との抗争という図式だって、いままでにたくさんの地域で繰り広げられてきているもののひとつでしかない。 ただし、確かにそれらはどこの国にだっていつの時代にだって起こっていることではあるけれど、現実に存在したローマという国をケーススタディとして、人物や政治やあるいは戦いがローマではどうであったのかと知ることができるのはおもしろいことだと思う。何よりも、活きた人間たちのドラマのようなものが、非常に魅力的に描写されており、そこにただ単純に魅力を感じているというところもあるし。 3巻ではまだ2000年以上前の時代が描写されているのだけれど、人間は進化したように見えて、根本的なところは本当にまだ同じなのだなということを何度も思わされてしまう。 それだけに、感情移入もできるのだけれど。
一部を引用。
このマリウスの場合にかぎらず、「クリエンテス関係」がローマ人の人間関係に強い影響を与えていたのは、ローマ人が心の内側にもっていた、義理人情的精神のゆえではないかと思う。 ローマ人が創り出した法の概念と、義理人情は矛盾するではないかと言われそうだが、私の考えでは、思うほどは矛盾しない。法律とは、厳正に施行しようとすればするほど人間性との間に摩擦を起こしやすいものだが、それを防ぐ潤滑油の役割を果たすのが、いわゆる義理人情ではないかと考える。法の概念を打ち立てたローマ人だからこそ、潤滑油の重要性も理解できたのではないだろうか。(118ページ)
スッラには、無期限任期の独裁官の座に、改革遂行後も坐りつづけようと思えばできたのである。それを彼は、自分から辞退した。(……)スッラの国政改革の目的は、少数指導制に立脚したローマ固有の共和政体の再建であった。元老院に象徴される少数指導制は、独裁官のような存在を認めていては機能しない。スッラが独裁官になったのは、秩序の失われたローマ社会に、秩序を再建するためであった。(……)それゆえ、彼が独裁官の地位に坐りつづけることは、突出した個人を認めないことで成り立つ、少数指導制に反する行為になる。自分の成した国政改革を完全にしたいと思えば、スッラには、辞任するしかなかったのである。もちろん、権力に執着しない潔い行為と、大衆が拍手喝采するのは勝手であり、それによる利益も少なくない。理を理解する人が常にマイノリティである人間世界では、改革を定着させるにはしばしば、手段を選んではいられないからである。(180-181ページ)
�検↓垢呂い茲い茱�エサル(=ジュリアス・シーザー)の巻。興味津々。
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火曜日は、19時過ぎに部屋に帰ってきたら、後輩から電話があり、遊びに行くことになる。翌日も休みだからいいかなと。 そして、結局部屋に帰ってきたのが17日の午前2時過ぎ。車で送ってもらって帰ってきて、疲れていたのかそのまま眠ってしまった。
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お知らせ
新潮文庫の最新刊の中に、村上春樹の新刊予告の紙が入っているものがありますよね(辻仁成のやつには入っていた。ローマ人の物語の文庫には入っていなかった)。それには「猫の話らしい」と書かれていて、9月発売予定になっていて、8月からはその新刊専用のホームページを立ち上げるとか。 あおられてしまいそうで、すごく楽しみです。
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