当てつけと拒否権

バス停で待っていると上品そうなお年を召した女性が
が突然バス待ちの人に向かって
「みなさ〜ん、今日は太平洋戦争が始まった日なんですよ〜」
と演説を始めた。ああ、また反戦運動の類かと思っていたら、
その女性は手に持っていた袋から赤い紙を取り出し
「これが召集令状です。」
と言って兵隊として召集し、戦場に送り込む非を説いた上で
「また戦争を起こさないように云々かんぬん…」
と言ってその召集令状を配り始めた。
これはよくある反戦運動の風景だが、少し違ったのは
私の前の老婆がその召集令状の受け取りを拒否したのだ。
その途端に女性の顔つきが般若のようになった。
どうしても受け取らせるつもりらしい。
押し問答にはならなかったものの、
この光景にとてつもない違和感を感じてしまった。
反戦平和というスローガンは全てを超越するのだろうか?
反戦平和のためなら人は何人でも死んでよいのだろうか?
反戦平和のためなら思想や信仰の自由を奪えるのか?
私は右でもなければ左でもないし、学生運動なんて大っ嫌いだったので
あまり深く考えたことは無いが、少なくともこの女性が
般若の面相になったということは我々に受け取りを拒否する行為は
許されないという状況に陥ったの確かである。
果たしてこのことが戦時中の徴兵が絶対で召集令状の受け取りを
拒否出来なかったことに対して皮肉を込めているのだろうか?
それは私にわからない。ただあるのは無理矢理渡された
血の色をした召集令状だけである。
2004年12月08日(水)

Dag Soliloquize / tsuyo