天の采配

私が文章の師と崇める中島らもが亡くなった。
先日の日記でも書いたように階段から落下した際に
頭を強打したのが原因だったそうだ。享年は52歳。
まだまだ死ぬには早すぎる年齢である。
確かにアル中だとかドラッグだとか鬱病だとか
長生きしそうに無い雰囲気を醸し出していたが、
転倒による事故死なんてらもさんらしくない死に方だ。
あの人は酒かドラッグで体がボロボロになりながらも
「いやぁ、これがたまらんのですよ」
なんてぼやけた声でとぼけたことを言いながら大往生するのが
彼にふさわしい死に方だったのだ。それが事故死なんて。
しかも酒に酔って階段を踏み外したなんて悔やんでも悔やみ切れないじゃないか。
まだ書きかけの小説もいっぱいあっただろうし、軽妙なタッチのエッセイも
新作がもう読めなくなってしまう。「かまぼこ新聞」に爆笑し、
「ガダラの豚」のクライマックスで息を呑み、「人体模型の夜」で
背筋が凍り、「明るい悩み相談室」で脱力した
あの新鮮な驚きに満ちた知的な興奮の感覚がもう味わえなくなるのだ。
辻仁成や片山恭一、Yoshiなど消えて欲しい(まかりなりにも
人道は守らねばならないので敢えて死ねとは言わない)作家はゴマンと
いるのに良質の作品を残し続ける中島らもが何故死ななければならないのだ。
しかも突然彼の命を奪うとは、文学の神は何を考えておられる!
昨日のオーフェルマルスの引退といい、どうしてこうも
気が滅入る様なニュースばかり飛び込んでくるんだ。
私をそこまでしてどん底に追い込みたいのか?流石に今日のニュースは
落ち込みという点では最大級のものだぞ。試練にしたってあんまりだ。
ともあれらもさんのご冥福を祈ります。合掌。
2004年07月27日(火)

Dag Soliloquize / tsuyo