堕落

人間とはどこで堕落するのであろう。
思うに環境的なものが大きな要因をなすのではないか。
人間は環境によって大きく成長する場合もあれば
著しく退行する場合がある。丁度それは星野就任以前の
阪神を見てもらえばわかると思う。
しかしながら、環境だけが人を堕落させる原因ではない。
その環境に慣れ、そこで満足してしまえば
結局それ以上良くなろうと言う意志が生まれない。
近頃は昭和ブームだとかで随分と懐古主義的なご時世だが、
あの時代はもっと良くなろうという向上心があったから
夢があったのである。今現在夢が無いと嘆いている
懐古主義の若い連中がいう戯言を聞いていると
どうも現代は夢が与えられていないご時世だと主張する。
確かにあの時代に比べて現代は随分と豊かになり
ハングリー精神は生まれないかもしれないが、
しかし、現状を変えていこうという努力は
その気があればいくらでも出来るはずだ。
夢が与えられていないと言う連中の多くは
その現状にしがみつくだけで変えようとしない上に
向上心を持とうともせず不平のみを垂れるだけの腰抜けである。
結局のところ現状にしがみつくのは
その現状に満足している証拠なのである。
あの頃は良かったと言う連中にもう一度あの頃のような
貧しさに耐えることができるかと言えば、
おそらく耐えることはできないであろう。
過去はいくらでも美化できるが、
未来という無限の可能性については目を背ける哀れな連中だ。
これを堕落と言わずしてなんと言おう。
向上心を持たない人間は堕落に陥る。
そのことは今の自分に改めて肝に命じるべきだろう。
2004年01月30日(金)

Dag Soliloquize / tsuyo