| ちょっと未来の話 |
2002年のW杯で韓国の犬を食す文化が 動物愛護団体によって非難されたのは記憶に新しいが、 2008年の北京五輪の時はどうなるのだろうか? 何せ飛んでる物は飛行機、四本足のものは椅子以外 食材になるという国だから動物愛護団体も大変だ。 しかし動物愛護団体というのは他国の文化に対し 堂々と自分達の価値観を押し付ける点で言えば アメリカとそうたいして変わらない。 しかし、しかしである。 アメリカというよりは白色人種の皆様方は 過去の歴史において他の動物を絶滅させたという点では おそらく全人種中ナンバーワンでは無いだろうか? そういう過去を抱えているから動物愛護などという部分に 異常に肩入れしているのではないかと考えられる。 ただ、だからといって他国の文化を干渉する点では 考え方は変わっていないようである。 動物愛護の観点で他国の文化を干渉しまくって 結局のところ異文化を絶滅させてしまうことには ならないのだろうか? そうなっていくと今度は「文化愛護団体」などという これまたおせっかいな団体ができて 結局のところもぐら叩きのような状態になりそうな気がする。 絶滅しかけている動物を食すのは確かに不味いかもしれない。 しかし犬は食用に飼育されている犬種なので絶滅はしない。 犬食は立派な文化である。 日本は明治まで牛を食べる文化は無かった。 豚や牛を食べることができない国だってあるくらいだ。 それくらいは認めて差し支えは無いであろう。 鯨や海豚を食べることについて知能を持った生物を 食べるなんてと言って批判する輩もいるが、 それならば牛や豚が知能を持てば食べなくなるのか? すべての生物が高度な知能を持ち始めたら 動物性たんぱく質はどう摂取すればよいのだ? 犬食批判は随分と身勝手な批判である。 犬を食べたところで批判をされるのならば、 狼とそうたいして変わらなかった生物を品種改良し 原形をとどめないほどにしてしまった欧米の倫理観も 問われなければならないのではないだろうか? このようにお互いを批判していけば泥仕合になってしまう。 それ故に異文化ということでそれなりの理解をするのが 差し支えないのではないだろうか? 2008年前後、動物愛護団体の動向に注目だ。
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2004年01月02日(金)
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