解説

ここ数日マニアックな野球の話が続いてしまったので、
解説を入れたいと思います。

●「あらぬ予言」(10月19日)
2001年9月27日の日記において野村の続投が無理なら
というところから始まり体調不良を起こすところまで
見事に当たってしまった。書いた本人もまさか
当たるとは思わずその動揺は同年12月17日の日記で
見受けられる。色々と書いてみるものである。

●「阪神はオリックスより弱い」(10月20日)
言わずと知れた元・近鉄バファローズ加藤哲郎氏の
「巨人なんてロッテより弱い」
という趣旨の発言が元ネタ。1989年の日本シリーズで
近鉄が巨人に3連勝した際に加藤氏からこの言葉が出た。
その後近鉄は巨人に4連敗し日本一を逃したため
この発言はある意味で伝説となっている。

●「安藤の7球」(10月20日)
こちらも有名な「江夏の21球」が元ネタ。
1979年の日本シリーズ近鉄−広島最終戦において
絶体絶命のピンチに陥った江夏の伝説的な投球を
描いた山際淳二氏のノンフィクションで有名になった。
この作品は山際淳二氏の「スローカーブをもう一球」
(角川文庫)に収録されている。必読!

●「FAで清原の入団」(10月20日)
1996年オフに当時西武の清原和博がFA宣言をした。
清原はPL学園高校時代にドラフトで志望していた巨人に
指名されず西武に入団。日本シリーズで巨人と対戦した際
西武の日本一が決まる寸前に涙を流していたのは有名な話。
そんな前途があったためFAしても巨人に入らずに
ライバル関係にある阪神に入団するのではないかと期待した。
交渉の際に当時の阪神・吉田監督は
「縦縞を横縞にしてでも」
という名言を残すものの結果はご存知の通りである。

●フィルダーの日本復帰(10月20日)
1989年に阪神の助っ人であったセシル・フィルダーは
開幕当初から大活躍。9月当初38本塁打で本塁打王争いの
トップにいたが、三振した際に癇癪を起こしてバットを
地面に叩きつけ跳ね返ったバットで小指を骨折。
戦線を離脱した。その後オフに球団と条件面で折り合わず
翌年からはデトロイト・タイガースで本塁打、打点の
両部門でトップに。その後も活躍し阪神ファンを泣かせた。
その後フィルダーの力が衰えた頃に日本復帰の噂が流れた。
もっともこの手の噂は毎年出てくるもので、覚えているだけでも
「バース復帰」「オマリー復帰」「元中日のバンチ獲得」
「元横浜のローズ獲得」と降って湧いて出てくるのである。
これらは信憑性も薄く、もし獲得しても成功はしないものである。
まぁ、本当に元横浜のローズを獲得したロッテという球団が
いましたけどね。(みごとに外れクジだった)

●「萩原誠」(10月20日)
92年ドラフト1位で入団した萩原誠は大阪桐蔭高校を
夏の甲子園で初優勝まで導いた高校野球界のスターであった。
彼に対する期待は掛布の背番号31を託されるほどで、
その成長には誰もが注目したものの、泣かず飛ばず。
一軍戦には出場するものの目立った成績は残さず、
知らない間に結婚。婿養子なのか姓が服部に変わってしまい、
登録名が萩原から「誠」になったものの、結局活躍せずに
近鉄へトレード。近鉄でも結局活躍できなかった。
この項で「ものの」という表現が多いのもそのためである。
文章としては非常に汚いので書いている方としては
文章力が萩原の打撃成績並と思われ、恥ずかしくてたまらない。
なお誠を誠斗と改名していたことはあまり知られていない。

●「代打逆転満塁サヨナラ日本一決定ホームラン」(10月21日)
2001年パ・リーグのペナントレースは阪神より移籍した
北川敏博の代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームランという
劇的なシーンで幕を閉じた。それを超えるのは
「代打逆転満塁サヨナラ日本一決定ホームラン」しかない。
なお上記近鉄戦において福本豊氏が解説の際
「マンガみたいやなぁ」
と発言したことは「福本迷言語録」編集委員会にとって
ホームラン以上の大当たりであった。

●「中村豊の好返球で捕殺」(10月21日)
1996年の夏の甲子園大会決勝松山商業と熊本工業の試合は
延長戦に入った。ワンナウト三塁で外野フライを打った瞬間
誰もが熊本工業の勝ちを確信した。しかし前の回からエースと
交代してライトの守備に入っていた外野手が好返球し
三塁ランナーは本塁で憤死。その裏に松山商業が勝ち越し、
優勝が決まった。偶然とはいえドラマの連続であった。
その好返球が元ネタ。豊さんは強肩なので可能性あり。

●「今岡が野村の目の前で大活躍」(10月21日)
今岡は前監督の野村に事あるごとに嫌味を言われて
いじめられてました。「やる気が感じられない」
とか「ゼブラ」とか「タイムリーエラー」とか。
そのためか優勝した際ペナントを持って泣いている姿を見て
「前の監督にいじめられたもんなぁ」
と妙に納得してしまったのは私だけではないはず。

●「藤本がショートライナーを顔面ブロック」(10月21日)
その昔、まだ星野監督が現役時代に宇野勝という選手がいた。
彼はショートを守っており、ショートフライを捕れば交代と
いう状況でボールがグラブを通り抜けて頭で球を受けてしまった。
そのために失点したいわゆる「宇野のヘディング事件」が
後世の野球ファンの間に有名となった。
その時星野さんは宇野に怒らなかったそうだ。
こう話すと宇野は間抜けな選手のように思われがちだが、
遊撃手として最多のシーズン本塁打を放つなどの強打で鳴らし、
来シーズンからは中日で打撃コーチを務めることになっている。
ちなみに「顔面ブロック」はキャプテン翼の石崎くんの
必殺技で、ガッツを物凄く消費するのが難点。

●「杉内の股間を直撃」(10月21日)
阪神には1993年から郭李という助っ人投手がいた。
台湾をバルセロナ五輪で銀メダルに導くなどし
地元では英雄と崇められ、入団した際も期待はされており、
それなりの活躍をしたものの、阪神ファンの間では
ヤクルト飯田の打球を股間に当てて悶絶しながらも
一塁に投げてアウトを取ったことが有名である。
郭李は次の日から数日間出場できなかった。

●チビッコ軍団(10月22日、23日)
久慈を団長とする赤星、藤本による身長170センチ前後の
野球選手としては小柄な選手の集団。
もちろんこれは私の造語で一般には浸透していない。
なお阪神以外でチビッコ軍団に入れそうな選手は
オリックスの大島やヤクルト石川といった選手がいる。

●「ヤクルトに関する死球の話」(10月23日、24日)
ヤクルトファンの方には大変申し訳ないのだが、
ヤクルトといえば文字通り「死球」で好調な選手を潰し
病院送りにするというイメージがある。
その最たる例が1997年の和田豊に対しての死球で、
開幕24試合連続安打などで好調だった和田の頭めがけて投球し
頭を庇った左手を直撃。左手を骨折した。
なお手で庇っていなければヘルメットが砕かれていたそうである。
そのためヤクルト=死球というイメージがついてしまった。
もちろんこれは監督が野村であったということも関係している。
「王の敬遠」「星野の怒鳴り」「野村、東尾の死球」は
球界の裏技に認定されていたりする事も無きにしも非ずである。
ちなみにあだち充の漫画「H2」では相手校のキーマンを
それとなく負傷させて勝ちを狙う栄京という高校が出てくるが、
ここの城山監督のモデルはおそらく野村だと思われる。
何しろ気に入らない選手は実力があってもレギュラーにせず
ベンチに座らせ続けていじめる、相手のキーマンを死球や
スパイクで潰す。そのフォローとして肝心な場面でポカを
やらかしやすいとマスコミにあらかじめ話しておくなどの
いわゆる狸ジジイぶりは野村に通ずるものがある故に
そう思われても仕方が無い。体型も似てたし。

●「マニエルの顎を砕く」(10月23日)
78年に日本一に輝きながらも守備の不安のためヤクルトから
近鉄に放出されたマニエルはロッテの八木沢壮六に死球を受け
顎を骨折しながらも本塁打王を獲得した。マニエルは81年に
ヤクルトに復帰したものの衰えが激しく結果を出せなかった。
しかし注目すべきはマニエルの顎を砕いた八木沢壮六である。
彼は後年阪神のピッチングコーチに就任したが、
その年の死球数が前年の倍近くになったためマニエルの顎を
砕いた事件を誰もが想起するようになった。
なお八木沢が阪神のコーチをしていた時の監督は野村である。

●「福本迷言語録」(10月25日)
世界の盗塁王で知られる元・阪急の福本豊氏は
その偉大な功績を思わせない言動で一部のファンに
笑いと共に絶大な支持を得ている。
そのトリッキーな発言は26回無得点という不甲斐ない
阪神のスコアボードにゼロが並ぶ様子を見て
「まるでたこ焼きやなぁ」
と形容したり、前述の北川のホームランで
「漫画みたいやなぁ」
といった近所のおっさんが居酒屋でつぶやくような発言が
多いかと思えば、サンテレビで解説いう事もあってか
試合が長引いて10時を超えた時に
「加古川の人は帰られへんなぁ」
と言ったことがある。しかし、加古川までは
12時くらいでも帰れると抗議の電話が来たのか
次の放送の時はさらに遠隔地を指して
「天理の人は帰られへんなぁ」
と発言。見ていた視聴者から
「それやったらどっか泊まるやろう!」
と暖かいツッコミを貰ったのは記憶に新しい。
なお最近のヒットは火事の煙で試合が数十分間中断した際
「長い間観てきたけど、こんな休憩は初めてですわ」
と中断を休憩と言ってしまったものである。
そんな福本氏の迷言を楽しみにしている阪神ファンは
15人に1人の割合で存在しているであろう。
ちなみに福本氏は一時期阪神の守備走塁コーチを務めたことが
あるが、そんなトリッキーな言動のためか成績も上がらず、
野村政権発足後一年目でスケープゴート扱いされ見事に退団した。
後任は後に西武の監督となり、来期からオリックスで指揮を執る
伊原春樹氏である。もちろん盗塁数も倍増した。

●「藪病」(10月20日、24日)
藪という投手は好投していて突然崩れて炎上するという
病気、いわゆる「藪病」をもっている。
杉内もその「藪病」を患っているのである。
もっとも藪は「藪病」以外にも「寸前×病」という
困った病気も持っているが、完投できなくなった現在では
その病気を見ることはほぼあるまい。

それにしても明日の試合は杉内の藪病が出てくれないかなぁ。

追捕編
26日の日記においてもマニアックな表現が出たため
追加解説を行います。延長戦。

●「スパイクの刃を磨く」
パ・リーグでは投手が打席に入るためビーンボールを
ぶつける機会が無い故、スパイクの刃を磨いて
一塁のカバーに入った選手のアキレス腱めがけて
スパイクの刃をめり込ませて病院送りにする。
金田政権下のロッテではこの方法を推奨したとかしないとか…。
ある意味死球よりタチの悪い方法である。
同類語として「殺人スライディング」がある。
そういえばダイエーにいたバークハートがロッテの小坂に
殺人スライディングを食らわされた時は時代も変わったと
実感したものである。なお先日の秀太のスライディングは
殺人スライディングではないので秀太を責めないように。

●「ジャコビニ流星打法」
言わずと知れた「アストロ球団」における必殺打法。
バットにあらかじめひびを入れておいてから打席に立ち、
ボールを当てることによって砕かれたバットの破片が
ジャコビニ流星群のように相手投手を襲うという
非常に恐ろしい技。無論反則である。
もっともこの漫画はルールブックに
載っていないということを楯に
さまざまな殺人技が開発されていた。
人を潰すことしか考えないなんて嫌な奴らだ。

●「江夏の21球」
本当に読んでください。損はさせません。
内弁慶シリーズや7戦目までもつれ込んだりと
状況は今年と本当によく似ている。

●「ミスタールーキー」
方々で放送されてしまったためにもういい加減ネタバレしても
いいと思うので書くが、大事な場面で代打にバースが出てくる。
引退した選手が出てくるという点で26日の日記と同じ。
しかし出場選手登録の時に機構にどう言って言い訳したんだろう。

●「ロッテの弁当」
千葉ロッテマリーンズの所属選手は
自分の名がつく弁当を作られることにより
大変不幸な目に遭うことで有名である。
ダブルストッパー弁当では河本、成本の両名が怪我で離脱、
伊良部弁当では広岡GMと揉めて伊良部が退団、
フランコフルト弁当では成績不振で退団したものの
アトランタ五輪でフランコが代打の切り札で大活躍、
石井浩郎弁当では発売直後に怪我で離脱、
小坂弁当では上記の殺人スライディングを受け開幕3試合で離脱、
ジョニー黒木弁当では本人が怪我のため未だに復活せず。
極めつけはローズ勝つ弁当を企画したらローズが来日から
数日で退団、引退してしまうという恐ろしい力を持っている。

何だかヤクルトやロッテ、近鉄、野村監督をネタにしたような
項目ばかりだが、別に何の恨みも無いので悪しからず。
それだけネタがあって注目を浴びるのは良いことではないかと。
2003年10月25日(土)

Dag Soliloquize / tsuyo