今後の予定

明日の甲子園で阪神は下柳、金澤がボコボコと打たれて
目も当てられないようなボロ負け。
試合後のインタビューで井口か城島あたりが
「阪神なんて
オリックスより弱い」
と発言。次の試合からは人が変わったように勝ち始める。

特に広澤に代わって4番に入った濱中が大当たり。
3戦で5本塁打を含む20打数16安打18打点と大活躍。
特に第5戦では杉内の藪病を再発させるなどし打線爆発の
きっかけを作るなどシーズンに出れなかった鬱憤を
ここで晴らすかのような大車輪の活躍を見せる。

そして3勝3敗で迎えた最終戦。
4−1とダイエー3点リードで迎えた9回表
赤星が四球で出塁し金本がヒットで無死1、3塁。
ここで濱中の出番だが、ダイエーベンチは敬遠を命じる。
満塁になってからは2者連続で三振を奪われあと一人になるが、
ここで星野監督が動いた。7番アリアスに代打を送ったのだ。
指名されたのはバースの背番号44番を継ぐ男、関本健太郎。
濱中と同期入団し、大器と噂されながらもなかなか芽が出ず
苦しんできた男だ。同期の濱中がスター街道をひた走るのを
横目に手術した肩の痛みをこらえながら、黙々とバットを
振り続けてきたこの男に星野仙一の監督生活の集大成が
かけられた。奇しくも昨シーズンはヤクルト高津などから
本塁打を打ち「守護神キラー」とまで呼ばれた関本が対戦するのは、
オープン戦で手も足も出なかった新垣である。
そして目の前で親友の濱中が敬遠されているの見て
関本の闘志はメラメラと燃えていた。
初球から振りにいくも簡単にツーナッシングまで奪われる。
しかしそこからは延々と我慢比べが続いた。
ストライクは全てファールにして逃れ、フルカウントまで粘り
好球を待った。そして新垣が関本に投げた19球目にそれは訪れた。
ややシュート回転気味のストレート(151キロ)が内角に
食い込んできた。城島の若さが出たリードだった。
関本は内角球をここぞとばかりに強振!
白球はバックスクリーンをやや右に反れた所に入っていった。
代打逆転満塁ホームラン!
関本はダイヤモンドを回りながら泣いていた。
そしてその関本を同期の濱中がホームベースで暖かく出迎えた。

ところがダイエーも9回裏にワンナウト1、3塁と追いすがる。
ここでウィリアムスを諦めた星野監督は一戦目で痛打された
安藤を送り出す。星野は安藤を男にするために送り出した。
安藤も監督の最後の花道を飾るために奮闘した。
安藤はカウントをツーツーとしたところで
ダイエーベンチからのスクイズの指示を見抜き
鳥越を三振。飛び出していたランナーの松田をタッチアウトとし
ゲームセット。この安藤の投球は後に「安藤の7球」と呼ばれ
「江夏の21球」に続く伝説の1ページとして
スポーツファンの間で語り草となった。そして
阪神タイガースの日本一、そして星野仙一の監督生涯における
日本一が決定した。夫人の遺影の前で号泣しながらスピーチをする
星野仙一の姿は次の日の新聞の一面を飾り、チーム全員が
涙を流しながらを胴上げをする姿は
日本球界、そして世界のスポーツ史の中に永遠残るであろう。

あ〜、阪神が弱い時の妄想癖が出てしまった…
阪神が弱い時にファンはよく妄想をしたものです。
例えば清原が西武にいた時はFAで清原の入団を。
フィルダーの日本復帰を、成長した萩原誠の姿を(笑)
架空のオーダーなんて数限りなく出てきたりします。
そして阪神ファンの一部は未だに現ヤンキースの松井が
日本球界の復帰先が阪神であることを妄想しています。
彼らの妄想の拠り所が「松井は小さい時から阪神ファンだから」
という一点しかないのが悲しいところですが。
んな訳で今後のシナリオを用意してみました。
これくらい書いても罪にはならんでしょう。
ちなみに冒頭の「阪神はオリックスより弱い」は
いつぞやの日本シリーズで3連勝した後に
「巨人はロッテより弱い」
と言って4連敗したチームがいたからです。
どことは言いませんが、
この球団は未だに日本一になっていません。
口は禍の門です。ね?元・近鉄バファローズの加藤さん。
2003年10月20日(月)

Dag Soliloquize / tsuyo