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「トキが7羽に減ってしまったと新聞のニュースの片隅に 写りの良くない写真を添えた記事がある ニッポニアニッポンという名の美しい鳥が多分 僕らの生きてるうちにこの世から姿を、消す」
さだまさしさんの「夢の轍」というアルバムの 「前夜(桃花鳥(ニッポニア・ニッポン))」という歌です。
それから年々、トキ、ニッポニアニッポンという名前のトキは亡くなって 雌のキンただ、一羽になってしまっていたのです。 推定年齢36歳、捕獲されたのが1歳前後で、それ以後、保護センターで育ちました。 人間で言うともう100歳以上になるそうです。 今朝、6時頃警備員がモニターで歩くキンを見て、それが最期だったそうです。
この歌が出来た頃は、まだトキを見ることが出来たと思います。 すごく急がなければならないような思いがしていました。 美しい鳥といっても、大空を羽ばたくトキは中国でしか見られないんだけれど このニッポニアニッポンという学名にニッポンという名を持つ鳥に 会いに行かなくちゃいけない気がしてならなかったのです。
調べてみると、結構簡単にいけそうでしたが、いけませんでした。 当時の私には、他にも行きたいところがあったのです。友達もそうね、っていう。 佐渡に行きたいかも・・・そういって一緒に行こう!っていってくれる友達は見つけられなかったのです。一人でも行けばよかったのに、当時の私は一人で旅行することに夢中に計画をたてたり、思わず列車に乗ってしまったりというのではなかったんです。
改めて時々載る、新聞の情報でもう7羽じゃないんだ・・・と思いつつ、もういま行っても、ケイジは見れなくて、モニターしか見れなくなってしまったんだ・・・と思いつつ、でも、その近くにいるんだもの・・・。それでも私は佐渡に行けませんでした。 今年が最期のチャンスだったのに。
しかも、現実にそのとき、私はとても行ける状況じゃなかったのだけれど、無理をすれば行けない状態でもなかったのです(私しかわからない書き方で申し訳ない)。それは4月16日でした。こんな話にもそれかよ!とお叱りを受けるか、不快感というか、顰蹙をうけるかもしれないし、ただ、馬鹿だねーと思うだけかもしれないけれど、藤木直人ライブツアーVer5.0が佐渡であったんです。 私は、実際にいけるところのチケットしか申し込まなかったし、他のところは「あぁ、いついつこの辺だ・・・」ということしか年頭におきませんでしたが、佐渡だけは別でした。「あ、佐渡がある!!新潟もあるのに、佐渡がある!!」冷静に考えると熱烈な佐渡の藤木ファンが呼んだとは考えられないので、きっと、釣に熱中している本人とクルーが組んだんでしょう。 でも、私には「佐渡だ!!」こ、これは、すごくどっちがついでともいいようがないくらい、二つも私が佐渡に行きたい理由がある!!正直、初日に行けないものかしら?なんていう軽い血迷いごとなんかより、申し込み期間中考えました。そのあと偶然に佐渡のチケット行けないんだけど・・・っていうのを小耳にはさむたびに「佐渡・・・」と思ったものです。
行っておけばよかったですね。後先のことは考えず。 だって、人生では何が起こるかわからなくて、だから楽しいんだけど、何が起こるかわからなくて、先週までできたことができなくなったりするんだもの。 申し込み時、当時の私のスケジュールでいくと、絶対いけない日程でした。でも、現実に振り返ってみれば、無理をすればいけないことはなかったのです。すっごい無理というか無茶ですけど。でもそれはあとになってわかったこと。 来年の佐渡は、さすがにないでしょう、もう釣もしたし・・・と、話したりしていたけれど、佐渡があったら、来年は行くぞ!と思ってもいました。多分ないだろうけど。でも、もしかして、釣が理由であったとしても、そして私が行ける日程だとしても、キンはそこにいないのです。これは絶対です。もしかしては、ない。
もうこの世に、ニッポニアニッポンはいなくなってしまいました。
大空を自由に飛べないままだったけど、自由に飛べる大空ももうこの国にはないとしたら、大事に大事に愛されて暮らしていたキンは少しは仕合せだったかしら?
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