毎日なんか考えてる。

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2004年12月21日(火) * ナツカシヤ *

ワタシの実家は
父が「ワガ家ルール」を決め、
そのルールを家族は守る、というウチだった。

クリスマスはやらない。
「日本は仏教の国だ。クリスマスはキリストの祭だ。」
と言うのが彼の言い分。

そのクセ、ナゼかウチには大きなクリスマスツリーがあった。
悪趣味の権化みたいなキンピカのツリー。
買ってきたのはモチロン父。
そのクリスマスツリーは
12月19日が誕生日の姉の誕生日会を華やかにすべく購入されたモノだ。
ハンパなく派手好きの父は
誕生日会とか「表舞台」にメチャクチャ弱い。
ワガ家のお誕生会の「お友達へのお土産」はとても豪華だった。
父が買ってくるからだ。
地球ゴマとか
外国のパズルとか
小さなドライフラワーの花束とか。
しかもデパートとかじゃなくて、
鎌田のアーケド街とかで買って来てたと思われる代物で
ビミョウに「どこで買ってきた、コレ。トーチャン。」みたいな。

誕生日ケーキもナゼか「2段」だった。ムダに2段だった。
生クリームの方が絶対に美味しいのに、
見た目派手なバタークリームの2段デコがワガ家の定番だった。
後にも先にも、お友達の家で「2段のデコレーションケーキ」を見たことはない。

そんなに派手に姉の誕生会をやるクセに
数日後のクリスマスはやらないしケーキも無しってのが
激しくフに落ちなかった。

が、これまた数日後にやって来る正月の「お年玉」は
親戚がまったく居なかったワタシの実家にとって
父は唯一のスポンサーであり
その唯一のスポンサーが「イベント好き」だったお陰で
中身はヨソの家に比べるとかなり多め。
それでクリスマスの不満は帳消しになった。
が、トータルで見れば親戚がまったくいないのだから…どうなのよ、て事なんだけど
そこに気が付かないのが子供なのだ。アホなのだ。

そして、ここが肝心。
ワガ家はどちらかと言えば貧乏だった。
母は常にしまり屋で、新しいモノなんてほとんど買ってくれないひとだった。
が、父だけが羽振りがヨイ。
もしくは羽振りが良さそうに見えた。

思い返すと不思議なのだが、
子供の頃はそれが「普通」で、
ナゼ母がお金をあまり持ってないのに父は羽振りがいいのか、なんて考えもしなかった。
が、だんだん大きくなるにつれ「どうゆう事だったんだろう。」と。

いまだによく解らない。
両方スデに他界してるんで真実は闇の中だ。

どちらにしても、子供にとって家計のことは遠い世界。
とにかく父は派手好きで、
クリスマスはウチはやらない。と言いながら、
クリスマスの夜には「ホワイトクリスマス」をステレオで大音量でかけ、
いつものごとくしたたかに父だけが酔っ払い
母と居間でチークダンスを踊り、
最後には「日本人はミーハーでクリスマスはそもそも・・・(延々と続く)」と
子供相手にお決まりの説教を説いて終る、という
ワケのワカラナイクリスマスが
ワタシの子供の頃のクリスマスだった。

今となっては懐かしい思い出。


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