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CMゲットはほんと下手です。 昨夜、夕方のニュースの後だったかに、光一さんの声が聴こえて、振り向いたらばやってたという。気づけば麻生嬢にダースを手渡しているところでした。 ラストの斜め横顔アップが可愛かったですね。ふんわり笑ってて癒し系になってましたな。 これはぜひとも捕獲したいので、ちゃんと張らなければ!
今週の【どヤ】も二人なのはいいんですが、アルバム曲は先週と同じものしか流れませんね。それ以上は解禁されないみたい。 今日は剛さんのソロが流れるらしいですが。 まあ確かに発売前から全体の八割も流しちゃいかんやろとは思いますけども(先週の日記での私の予想;)。 先週の四曲を散々リピートしておきながら何ですが、もう聴かなくても頭の中で再生できちゃうので、これ以上は飽きちゃまずいと聴かないようにしています(あ〜ほ〜や〜)。 まだだいぶ待たないといけませんもんね。 たかが一ヶ月。経つのは早いんですけどね。 だってもうじき、初つばっちゃコン。早いなー。 そろそろキンキコンの準備もしとかないとまずいかしら?
昨日のラブファの剛さん。 “絵を描いたり音を出したり、自分を表現する。これ最高”。 絵を描いたり詞を書いたりするのが好きなのも、ギターを弾いたり曲を作ったりするのが好きなのも、自分が癒されるためだったり、自分を体現させるためだったり、という手段であること。なのですよね、剛さんにとっては。
たぶん世間のアーティストは、そうやって取り組んでる方々が多いんだろうなと今さらながら感じました。 妙なんですけど、わかってたはずだろうに今さら納得する自分がいましてね、ちょっと考えてしまったんですよ。剛さんのラブファ読んでから。
私的な話題で申し訳ないのですけど、私もちっちゃい頃から絵を描いたりお話を書いたりするのが好きで、今でも書きますけども、“自分を表現”したことが一度もないなと思って。 じゃ何を書いて(描いて)いるのかっていうと、“自分が見たいもの読みたいもの”を表現しようとしているんですね。 これってどう違うんだと考えてみて、剛さんのいう“自分を表現する”というのは、“過去”や“未来”を含んだ“現実”が主体で、私の場合は“理想”や“願望”を含む“虚構の世界”であると。 ちょっと待て。 単純に“ノンフィクション”と“フィクション”の違いか? でも、例えば、恋愛小説を書く場合、剛さんだと、ストーリーや世界観はフィクションでも感情面やエピソードなどは経験や体験からくるものだったり、主人公に自分を投影したりするんじゃないかと思うし、光一さんだと(ここで引き出すのはどうかと思いますが;)、全部想像で書いちゃうだろうな。全知識の中からチョイスして。
結局何が言いたいのかっていうと、剛さんが羨ましいってことかなー。 変なところに行き着いちゃいましたけど、自分を曝け出すことが苦手な人間にとって創作は難しいなって思って。 全部想像で書くのには無理があるのはわかってますし、そこに多少なりと自分が入って当然なんだけど、極力過去の経験を反映させたくないと思ったりしてね。 前から思ったましたけど、弱さを見せられる剛さんはすごいなーと改めて感服致しました。
……すみませぬ。単に煮詰まってるだけです;
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