『スウィート・バイエル』
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| 2004年09月23日(木) |
SM行為による発露と結果 |
メルマガに書いたコラムです。

≫ SM行為による発露と結果 ≪
私もこの世界に足を踏み入れるまでは、世間一般のイメージ同様、「SMっ て怖い、痛い」と思ってました。 おぼろげなイメージとして……団鬼六とか、縄師とか、鞭・蝋燭・磔(はり つけ)とか〜(笑) でも、自分がそういう体験をして解った。それだけじゃない。 sexもそうだけど、「SMはこういうモノだ」という定義ってないと思うのだ。 SMという言葉は幅が広い。好みによって××系なんていうように、細かく 方向性が分かれていたり、ソフトからハードまで段階あったり。 でもたぶん……ハードな方って、ごく一部だと思うなぁ。 SMって、「あることの(現時点での)極限まで責めることにより、Mの心 の壁を取り払う。良い意味で『壊す』こと」だと私は思う。 その責め方が、痛みだったり、恥ずかしさだったりする訳である。 極限まで追いつめられ、Mは自分の隠している部分……つまり、身も心も全 てSにさらけ出す羽目になる。 一般的に「高い」と言われているM女のプライドが崩壊し、裸の心が現れる。 角質化した部分が全てそぎ落された後、現れるのは、柔らかな皮膚のごとき、 真っ白でからっぽな心。 そこにご主人様が「頑張った、よく私にここまで見せてくれたな。ありがと う」と、ご褒美を下さる。 涙が流れる。 それは、調教の悔しさだったり、崩壊した自分への驚きだったり、ご主人様 の愛情ゆえだったり、何かわからなど爆発するような感情であったり。 ご主人様のキスで傷が癒やされ、優しく撫でられた頬や頭に慈愛を感じ、心 が満ちてゆく。 こうしてMは、破壊と再生、解体と再構築を繰り返して、徐々に「新しい自 分」や「ご主人様のもの」になっていくのだと思う。
まるでスキンケアみたい?(笑)ともいえるし、洗脳とも自己啓発ともいえる かもしれない。 どんなソフトSMであっても、もちろん「現時点でのMの極限まで追いつめ る」わけだから、危険がともなうことが多々ある。 身体に小さな傷を付ける可能性から、心を壊すこと、命を落とすことまで。 大なり小なり、危険がある。それはMにとって恐怖なのだ。 その恐怖感を取り除き、安心してMを破壊と再生に導くのが、Sの方の役割 のひとつだと思う。 虐めて楽しいだけで終わらないのよ。 身体を傷つけないようにし(あえて傷つける行為もあるけどね)、調教後、 すがるような目をするMに「よしよし」って言ってあげるとこまでケアできな きゃ、信頼なんて勝ちとれないと思うのだ。 MがSを愛していることはもちろんだけど(そうじゃなきゃ、全てをさらけ 出せないでしょ?)、SだってMが可愛いと思わなきゃSM的行為なんて出来な いと思う。 だって、今まで書いたように、こんなに面倒くさい行為なんだもん(笑) でもご主人様を見ていると、それが苦痛では無い様子。当たり前だろって 感じ。 なんでそんなことまでするの?って、読んでる方はSMを不思議に思うかも 知れない。 そりゃ、性癖という部分もある。 その性癖を上手く利用して、そういった行為を施す。それは、最終的には信 頼……つまり相手の「心」が欲しいからだ。 心を獲得した後に生まれるもの、相手から与えられるものは、いっぱいある と思う。 私の場合は……「服従」じゃないかな。 私はご主人様と自分を、SMの関係とは思っていない。 ご主人様と私は「主従関係」であり、SMはその手段であると考える。 ネットで「SMはsexの延長だと思いますか?」という質問があったけど、 私は違うと思う。 延長じゃなくて、それもsexの一部。愛撫のひとつじゃないかな、と捕らえ ています。 ということで一旦、麻瑚的おさらい。 SMは、SもMも真剣勝負なのである。危険を伴うため、配慮と愛情がなきゃ できない、面倒くさい行為。 そして主従関係は、信頼なのだ。 信頼から生まれた虚構の愛情関係。……と、主従についての関係はまた別の 機会に語るとして。 こんなことを、まだヒヨッコな私が言うのもおこがましいけれど。今回あえ て発言してみたのは、最近、SMや主従を勘違いしている人がいる、という意 見をよく目にするからなのだ。 今、とあるSM関係の方々の間で、とても大きな問題になっていることがあ る様子。 私は、〔くり∞チェリ〕〔ズルチン〕にも時折メールを寄せて下さる【マリ ア】さんのblog知ったのだけれどだけれど。 --------------------- 主は言う。 「SMはセックスじゃないから、ゴムなどつけない。避妊もしない」と。 わからないような、わかるような、でも、嫌われたくなくて……(以下略) --------------------- という、ある奴隷さん or M女さんのご意見が発端らしい。 最初に私は「SMには定義はないと思う」と書いたけど、さすがにこの発言 は少々おかしいと思う。 SMの定義云々より、倫理的な問題じゃない?これって。 こんなSを、Mは「主」なんて呼んじゃいけないし、支配を勘違いしちゃい けないと思う。 信頼という土台があるからこそ、服従の精神がMに宿り、相手を「主」と呼 べるのだ。 まぁ、お互いがそれでいいというのなら、いいけどね。少なくともこのMさ んは、そうは思ってないと思う。それに文章から推測すると、男の元から逃げ られない関係でもない様子なのに。 ネットにて、このSの方を糾弾する言葉は沢山みかけたが、Mの方への言葉 はあまりない。 うーむ。 私は自分のSMを、こんな難しげに語りたくないんだけどな〜。 明るく楽しく、もっと「なんか麻瑚コラムを読んでたら、私もSMに興味もっ ちゃいました♪」って言われるようなことを、書いていきたいのだ〜(涙) ま、今回は特別ってことで。……最後に、私はこのM女さんに言いたい。 間違った意見を凶器のように振りかざす「主」に服従するぐらい、情けない ことはないのでは。 M女ならプライドを持って欲しい、同じM女として賢くなってほしい、と切 望する。 M女の心は、脆くもあるけど強くもあるはず。 「愛しているから」「SMだから」という言葉は、全ての免罪符じゃない。
*--------------* ▼pillow talk▲ *--------------* ちなみにご主人様が施して下さるSMは、羞恥系だと思います〜。 私が「恥ずかしい」と思うことをね、(現時点の)極限まで、行為と言葉で 責めて責め責めて責めて…………ああ……あぁぁ(涙) でも羞恥だけじゃなくて、緊縛もスパンキングも調教には含まれてるけど〜♪ (←ちょっと好き) あ、私が考える「SMに不可欠なもの」が、もういっこありました。 それは、想像力。 ということで、ちょっと高飛車だけど、私は、SMっておバカさんには出来な い行為☆って思ってます(苦笑) 次に私がSMを語るときは、ご主人様のお仕置き編とか、もっと楽しいこ とや、みなさんに「いいなぁ〜」って言わせちゃうようなお話がいいな。 ああ、愛あるプレイを書きたい。

某所にこのコラムを転載したら、ご意見を頂いた。 論点が違っていたし、お互いに意見を譲り合わないだろうと 感じたので、私はこれ以上の討論を避け、離席してしまっんだけど。 ……いくら愛してたって、 安易に殺したり、身体や心に望まない傷をつけるようなことは、 人として、してはいけない。 SM行為の行き着くところとして「死」があるとは思う。 以前、私もここで書いたが、 Mも困ったモノで、 「今……死んでもいい。殺されてもいい」 行為中、幸せな顔してそういう表情になってしまうことがあると思う。 でも、殺したら終わりだ。 「殺したい」「殺したいほど」 と 「死んじゃった」「殺してしまった」は、 全くの別物だ。 「愛しているが故の、死や殺人」それは耽美的で美しい。 映像や小説では、それは素晴らしく(時には恐ろしく) 綺麗なストーリーとなることも多い。 だからといって現実で?……いいや。 現実では、究極の場合を除き、それをしてはいけないと思う。 「究極の自虐的快感が、S側避妊拒否の果ての妊娠や、堕胎だということ(仮説)」 女として私は一切そんなこと思えないし、思って欲しくない。 万が一そういう感情がある人がいたとしても……そのMとしての悪魔的感情は、 奥底に沈めて欲しい。 その感情が美しく絵になるのは、映画や小説の世界だけだ。現実ではあり得ない。
《 2004.09.24 01:18記》
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