ひみつ日記
脳内漂流日誌もっと前もっと後


2011年02月26日(土) 祝・武士道セブンティーン文庫化

武士道ガールズふたたび。

うん…待ってた…ずっと…。
さっさと単行本で読めばいいようなものですがなんだか一気に読むのがもったいなくてつい文庫化まで待ってしまいました…。
つづきのエイティーンもやっぱり文庫化まで待とうとおもいます…。

それで前にも言ったと思いますがやっぱりこれ恋愛小説。
前作の流れをひきついで始まるので、今回は全編通して基本遠恋。ちょうせつない。開始13P目にして早くも涙目です。ちょうせつない。
電話かける描写とかすごくよい。ちょうせつない(何回言うんだ)
電波があなたを探している音がする。どこにいる。どこにいますか。
きゅん。(臓器音)


そんな感じでとにかく本編はすごくよいのです。本編は。でも。
あの。書評が。

書評家が 萌えとか言っちゃ だめだろう (五・七・五)

言いたくなるのはわかる。事実だし。わたしもめっさ萌えた。そこは認めよう。
でも書評家がそれを言ったらいけない。
だって萌えるーって口に出していうのは無責任な読者の特権だ。素人の言うことだ。金もらって仕事する人間が公で言うことではない。
萌える萌えないは感覚の問題なのでこのあたり書評っていうかただの感想だ。解説にすらなっていない。
書評に個人的な感情はよけいであって、できるだけ色のない醒めた視点から書くのが正当と思うが、そんだけではまあ味もそっけもなくてつまんないので、あえて一割ひっそり自分の感覚による感想を混入させるのであれば、もっと目立たないよう硬質な言葉を選ぶのが筋と思う。
むしろそここそが書評家の本分ていうか腕の見せ所だ。
頭の中でふざけつつ態度は大真面目。それが書評家(偏見)

ようするに、本編は萌えるが、書評が萎える。

書評にだって萌える萌えないはあります。油断してはいけない。
書評を書評してみた(最後に萌えがどうの言ってるからだいなしですが)けど、書評って、なんでしょうね(無責任)
でもひとつだけ確かなことは、書評と単なるワッショイとはまったくの別物だ、ということです。
(ちなみに私は素人なので武士道セブンティーンを全力で単にワッショイします)


回復呪文ありがとうございます!

●ユキヤさま!
こんばんは!いつもたいへんお世話になっております。
お返事遅くなりましてすいません…!
わーわー、もしかしてユキヤさんも後藤さんとシャンクスお好きですか…?
反応していただけて嬉しいです…いつもわたしの乱行三昧をあたたかく見守ってくださってほんとうにありがとうございます…こちらこそ大好きです(告白合戦)
ユキヤさんに見ていただけてると思うと元気が出ます…。
よろしければ、これからも引き続きお付き合いください…!(敬礼!)


ほか、留守の間にもホイミ送ってくださったかた、どうもありがとうございました!


津島 |MAIL