ひみつ日記
脳内漂流日誌もっと前もっと後


2010年12月07日(火) 戻ってきたよ、ユートピアから

先日ちょろっとナイトヘッドを思い出す機会があったので原作をあらためて読み返してみたのです…そしたらホモ作品の定義っていったいなんだろう…というみょうに深淵なテーマについて考えるはめになりました…。
これがホモ作品じゃなかったらいったいなにをホモ作品と定義したらいいんだ…セックスしてないとホモ作品としては認められませんか…。
霧原兄弟はセックスだけはしてませんがしかし読んでるとなんかもうそれもどうでもいい問題に思えてくる…ああ…うん…まあたかがセックスですよね…っていう感じになってくる…。

ちなみに知らない人いないと思いますがいちおう説明

ナイトヘッド:92年にフジの深夜枠で放送されたTVドラマ。小説原作は飯田譲治。
先天的に超能力を持って生まれたがゆえに苦しみ傷付き迷走する兄弟を描く。
兄の霧原直人の持つ能力はサイコキネシス。感情が激するとそこらじゅうのものが壊れる。なのに性格が短気でカッとしやすい。やっちゃった後で自己嫌悪。
弟の直也の能力はリーディング。人に触るとそのひとの考えてることがわかっちゃう。優しい性格なので悪意とかほんと駄目。倒れちゃう。
ちなみにドラマでは直人をトヨエツ、直也をタケダシンジが演じました。


霧原兄弟は兄弟ですがしかしけっして兄弟愛ものとかではありません。
だって兄弟愛で片方死んだらもう片方も生きていられないとかありえない…。
兄弟設定とか「兄弟として生まれたから最初からそばにいれてよかったね」くらいのおまけ的な意味しかもってないと思うこのふたりの関係性においては…。
兄弟であることは重要じゃないけどある意味においては重要だ…だって兄弟じゃなかったらほんとこれごまかしようもなくホモ小説
兄弟設定は一種のめくらましです。

そんなことを思いながらぼんやり昔の記事とか読んでいたらタケダシンジ(直也)が対談で、
「(TVドラマ8話について)こういう風に特殊な能力を持った人間は、恋もできないのかって思ったときに、兄さんがいた!僕にとって兄・直人の存在を改めて感じさせてくれる回」
とか言ってて、おい、お前…ってなりました…兄さんがいたからなんだというのだ…。
もう兄と恋する気満々じゃないか。


ホイミ送ってくださった方、どうもありがとうございました…!
半死半生のサイトですがなんとか生命維持がんばります…。


津島 |MAIL