| 2008年03月26日(水) |
実家に戻ってました。 |
父方の祖母が亡くなったので、急遽、実家の福島に戻ってました。 父が喪主だったんですが、集まった親戚の誰も葬儀の準備の仕方をまともに知らなくて、ああだこうだと賑やかなものでしたわ。 地域ごとに色々しきたりがあるもので、お供えしているご飯は七日後にまとめて埋めるんだとか、いやその日に埋めて良いんだとか、卒塔婆は四十九日が明けるまでは逆さにさすんだとか、いやいや真っ直ぐにさすんだとか、親戚一同で大騒ぎです。 仏様を入棺したら、お酒と豆腐となますを一口ずつ食べるしきたりらしいんですが、間違えて入棺前に食べちゃうし、火葬場に向かうマイクロバスも、まだバスの運転手さんに呼ばれてないのに「バス着いたぁ」とか言って全員乗り込んじゃうし。 「なんだっぺぇ!高時さんちはせっかちだなぁ!」て、手伝ってくれてた人に笑って言われました。 ばあちゃんも笑って見てたろうなぁアレ。(笑) でも、湿っぽくなくて良かったですよ。 うちのばあちゃん、浜の人で漁師言葉だったから、男っぽい勝ち気なしゃべり方する人だったけど、心根は凄い心配性で優しかったから、じめじめやってたら気にかけてしまって、なかなか三途の川渡れなかったと思うもの。 で、びっくりしたんだけど、地方のローカル新聞て、著名な人でなくても、亡くなった人の名前を載せる欄があるのね。 そこに名前が載ると、それを読んだ人が駆けつけてくるんですよ、「新聞見て、驚いて来た」って。 喪主は父だったんですが、新聞とかには「友達がすぐわかるように」ってじいちゃんの名前を載せたので、じいちゃんの知り合いもたくさん来たみたいです。 加えてじいちゃんは書道家なので、お弟子さんや書道協会の人が来て、お札書きもしてるので神社の宮司さんも来てました。 あと実業中学の頃からのOB会の友達も来て…なんかもう、多種多様すぎて、孫ながらびっくりしました。 最終的に弔問客が360人くらいきてたそうですわ。 どうりでホールに人が入りきらんわなぁ! しかもこれからまだ増えるらしいですよ、当日来れなかった人が、祖父の家に直接お線香あげに来るから。 お弟子さんの一人はばあちゃんに世話になったことがあるらしく、泣きながらお礼言って焼香していきました。 みんなそれまで泣かったんだけど、その時にはタガが外れて泣いてましたねぇ。 感謝されて送られるなんて、人としてこれほど名誉なことはないよ、凄いねぇばあちゃん! 私は孫代表でいきなりスピーチ任されたんですが、案の定、号泣しました。 泣き虫なんだよー涙もろいんだよー…! 「しゃべんの早いし声小さくて何言ってるか解らなかった」とか弟に言われたけどな! 良いんだよ私はあんたに言ってたんじゃなくばあちゃんに言ってたんだから!
それにしても、本当に良い葬儀でした。 たくさんの人が来て送ってくれて、戒名も凄く綺麗な名前つけてもらったし、火葬場の人は遺骨を丁寧に骨壺に入れてくれたし(酷いとこもあるんですよ、骨壺に収まらないからって砕いちゃったり…)、生花もいっぱいで。 一年くらい、闘病生活で大変だったけど、今はもうどこも痛くないし辛くないから大丈夫。 長い間お疲れ様ねぇ、ばあちゃん。 可愛がってくれてありがとう!
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