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2003年07月27日(日) 怖じ気

前項「心胆」からの続きである。

現代の凶悪犯罪に目を向けると、これは大人にしても少年にしても自分より
弱い立場の者を殺害する例が剰りにも多い。
また、凶器を持ち歩く人間も多く、チョット何かあればすぐに人を刺す様な
輩も非常に多くなっている。

振り返って自分が少年だった頃はどうだったかを考えてみた。
自分達も確かにナイフなどは持ち歩いてはいたが、それを取り出す時という
のは喧嘩などで自分が勝利し、絶対的に有利な立場に立った時に最後の脅しにチラつかせる様なモノだった。
自分が喧嘩に敗れそうな時や囲まれて不利な状況では絶対に取り出すという
事はしなかった。
何故なら不利な状況でナイフを取り出せば使わざるを得なくなってしまう。
私達の時代ではナイフで相手を刺したり、ましてや殺すまでやるなどという
事は最大の恥辱とされた。
それは臆病者のする事とされていた。
怖いから相手を刺すのである。喧嘩の恐怖から逃れたいから相手を殺して
しまうのである。
集団の喧嘩などでも凶器は鉄パイプであった。
鉄パイプであれば中が空洞であるので突かない限り、また、手加減も心得て
いたので怪我はあってもまず死に至るという事は無かった。
こういった場面にナイフや鉄筋など死に繋がる凶器を持ち込む者は臆病者の
レッテルが貼られたものであった。

そして現代の犯罪に目を向けてみると大人にしても少年にしても
臆病者ばかりである。
自分より弱い者を平気で殺す。
自分が恐怖をおぼえたら相手を殺す。

前項で書いた「心胆を練る」という事の重要性をここで現代社会に問いかけ
たいのである。
古来の剣聖、上泉伊勢守信綱は数々の修羅場をくぐり抜けた末に「活人剣」
を標榜した。読んで字の如く「人を活かす剣」である。
「偉そうに書いているが、ならばどうやって心胆を練れば良いのか?」と
思われる方もおられるであろう。
しかしながら、それを人に問うた時点でその方は放棄しているのである。
自分で考え、自分で工夫し、自分なりのやり方を見付ける事が重要
なのである。そうやって身に付いたものが本物なのである。
考え、実践し、体験し、体得する事で本物になり得るのである。
「ならば子供はどうするんだ?」と問う方もおられるかも知れない。
その答えは簡単である。
親が心胆を練っていればおのずと子に伝わるものである。
また親の無い子とてまわりの大人が心胆を練っていればそれもまた伝わる。
という事はどういう事か…。
私共大人達が皆こういった事を少しでも意識する様に心掛けていけば
社会もおのずと変っていくであろう。
私達が投げやりになれば社会はどんどん駄目になっていく。
私達の世代の責任の重大さをもう一度キチンと認識して頂きたいと
思うのである。


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