この間スカパーでキン肉マン見てたらキン肉マンが死んでてびっくりしました。生き返りはジャンプのお家芸ですが、まさかキン肉マンでもあったなんて。 それよりも力士マンが自分の命を掴んでキン肉マンに投げたことの方に驚くべきですか。 命ってつかめるの。自分で取り出せるの。しかも投げてる間は死なないのね。 わけわかんねぇ。 見てて目が点になりましたが、ずっとアニメに付き合っててあの場面でならそうおかしくもないんだろうか。 漫画なりのノリってもんがありますからね。 キン肉マンは映画しか見たことないからなぁ…。 あ、その後復活してたキン肉マンですが、「ありがたくお前の命は」とか言い出してちょっとびっくりしました。まあそのあとは「一時借りておくぜ」と続いたわけですが。あ、返すのね…。返せるのね。 命のやりとりが何て簡単に行われてるんだろう(何か意味が違う)。
しかし、こういう話が普通にあると誰かが死んでも「死んだと思わせといて生きていた」「死んだけど生き返った」を疑っちゃうのがどうもねぇ。 いや、昨日のジャンプ見ててもね。 一応伏せ。
ブラボーもLも死んだんだとは思うんですよ。 特にブラボーなんかあの場面で生きてるはずがないし、心情的には凄く生きてて欲しいけど、話的にはやっぱり死んでて欲しい。実は生きてた、とか、死んだけど死体があります、とかだと何か興ざめするとは思う。 前触れもなく、別れを言う暇もなく、死体すら残さず一瞬で消えたってとこに今回の話の凄さがあると思うから。 だけど、こう、ジャンプ的には「死体がなかったら生きてる」という可能性がね…ちらりとでもそれを思っちゃうことが辛いなぁ、と。 Lの方はまあはっきりしないのはわざとなんだろうなぁと思いますが。こっちは正直トリックさえかけてあれば何でもありだとは思います。根性とか奇跡の力とかそんなんさえ出てこなければ(笑)。
これを思い出したきっかけってのは実は幻水なんですけどね。 前々からビクトール見てて流輝思い出すと言ってたことから。 マガジンでは、金田一少年の事件簿で、金田一が「マガジンでは一度死んだら生き返れないんだぞ」とかいうシーンがありました。笑ったけど、実際そうだなぁ、と。 だから死体すらなかった流輝も実際死んだと思ったし、正直第一部の時点では死んでたんだろうと思う(前にも書いたけど)。 「キャラクターの死」を素直にショックだとか悲しいとか感じられるのは、「生き返るかもしれない」と思わせないことがやっぱ大事だなぁと。
そういえばマガジンでは、コータローまかりとおるでも恵ちゃんの死亡がありましたね。 ずっと操られてた状態から漸く正気に返った瞬間の死。しかも崖からの転落で死体もない、ってことでやっぱり生きてるんじゃないかと思った人も多かったようで。 それでもマガジンだからこそ泣けたんじゃないかなぁと思ったりもね…。コータローでは誰かが死んだのってあれが初めてじゃなかったかなぁ。 あ、火納江(だっけ)の死にも泣きました。泣いたっていうか、何か、うわぁって。好きだったからねぇ…。
話がずれまくる。
幻水、何か5〜6回ぐらいゲームオーバーしてますが、一応順調な感じです。 親父に2回負けて、クリスタルみたいなのに1回負けて、皇帝のところの三つ首ドラゴンに負けました。 ドラゴン、とても勝てそうになかったのでとりあえずアドバイス貰っときました。 紋章の使い方全然知らなかったんだな私…。っていうか紋章使い出したのもかなり後になってからだったからなぁ(笑)(よくわからないものは放置する)。
ストーリー部分は楽しいんですが、やっぱり戦闘がしんどいです。これさえなければ、と思ってしまう。 そういえばかつてそれなりに楽しんだRPG二本はどちらもこういうレベル上げ的戦闘がなかったんだよなぁ。
話の方は、ホントにお話読んでる気分でやってるので、実はあんまり選択肢ない方が良かったりする(笑)。 しかしこの幻水に感じる燃え、まんま覇王伝説驍に感じた燃えと一緒だなー。 優秀な仲間集めて軍を少しずつ大きくして国を取る、って話の流れがまんまだ、そういえば。 あーいろいろ思い出してきた…。
幻水1が終わったら驍読み返し決定です。 驍ー。
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