雑記

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2009年08月01日(土) たまにバスとか街中とか

別の日本人スタッフと空港見送りに行った帰り、死ぬほど時間が余ってた訳でも金がなかったわけでもないけどなんとなくバスで帰ろうということになる。空調の効いたシャトルバスは一応何分か毎出発とは書いてあるけど客が一杯にならないと(というより横で座ってくっちゃっべてる運転手の気分次第)出ないみたいで、そういや市内から空港までもっとも利用されて然るべきシャトルバスの市内の乗り場すら知らなかったけどこの様子じゃ往復とも利用できませんなあ、とか。まあそれはともかく少し離れた場所には市内で見慣れた路線バスが止まってて、停留所見てると市内に行くっぽいので乗ってみることにした。
専線4路は真っ直ぐ市内に行くバスで、空調なしなので1.5元だけどどちらからも外環状線超えると3元、なんだ道通りゆっくり走るだけかよと思ってたけど途中何故か衛国道を降りて方向を反対に変え、ゆっくり走ろうが何だろうがバスひっくり返るんじゃないかと思うような未舗装状態以下の道をボンボン跳ねながら通り、市内にいると久しく見たことのなかったいかにも過ぎる景色の万新村(ってもここも市内だけど)を通り、なんとなく何も考えず終点の唐山道(中心公園近く)まで1時間足らず。意外と早いのと、同じ距離をタクシーで行けば少なくとも70元はかかることを思えば、、、使い道が違うから比較にならんなあ。
バスは大嫌いだけど値打ちのある3元だと思いましたです。

そんなに死ぬほど時間が余ってたわけでも(略)市内プラプラする。

南京路と鞍山道の交差点に一見日本風の建築物があって、今は図書館かなんかになってるみたいだけどここらが長い間日本租界だったことは知ってたし、市指定な歴史風貌建築の表示があってさらにそれが一般保護でないのでなんか古い日本の建物なんだろうなあくらいにずっと思ってたわけだが、今日ちゃんと見てみると建物入り口脇に「定礎 皇紀〜年(通りからだったので見えず)」つうおそらくこれもオリジナルな表示があるのを見つけた。よくこんなものまでキレイに残してるなあとか感心する。んでいろいろ調べてみたら「武��殿」なる由緒あるものだったらしい。んで今日の今日まで勘違いしてた疑問がようやくとけた。看板にあった「原武��殿」は「はらたけのりどの」でなくて中国語で「元 武徳殿」だったのね。どこの原さんだよとか説明書きに殿はねーだろとかずっと不思議だったけどようやく理解。


しんどいので早めに帰って寝るつもりだったけど呼び出され連れ出されおごらされ。


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