☆言えない罠んにも☆
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2008年01月08日(火) うぇざーめーる 1

ぼくは、彼女が好きで仕方がなかったんだと思う。
どうにかして、彼女と係わっていたかった。

すぐ会えるような距離にはいない。
会う理由もない。

ネットワークの上にも、彼女の姿は見えない。

メールをする、というのが、会社での仕事上の伝達を含めて、
僕の最も多用するコミュニケーションの方法だ。

無意識に、メール作成の手順を踏む。

開いた白い画面。

「タイトルを入れよ。」

..........

Return

「文面を入れよ。」

..........

カーソルが、催促するように点滅する。

Space
Space
Space
Space

顔を覆い隠すように額に手を遣った。
書くことなんてないよ。

窓の外は、もう、八月も半ばだというのに蝉の鳴き声がうるさい。

”あついー”

クーラの利いたオフィスから、ぼくは、そんなメールを彼女に送った。
それこそ、1年分のプロジェクトを引き受けるときと、同じくらいの勇気を出して。



---

キャサリン。ぼくは、彼女を、そう呼ぶ。

とはいっても、直接声に出して、呼びかけるなんてこと、これまで、あったかどうかあやしい。
まあ彼女は、ほかの友だちにもキャサリンって呼ばれてるし、ぼくがそう呼んだって不自然ってことはない。
よく考えると変な名前だ。
キャサリン。

ああそう、本名じゃないんだ。
日本籍だし、”櫨木涼子”とかいうとっても日本ぽい、平凡でもないけれど、特別変わってもいない氏名を持ってる。
どうしてキャサリンなんて呼ばれているのか、まともに考えたって無駄だよ。
顔つきだって、日本人によくあるレンジの、癖のない、良くも悪くも文字通り”プレーン”な顔だ。(ぼくは好きだけどね!)
美人かって?
「美人に見える」
そう、的確に言うと、そうなる。
彼女は、美人に見える。
いつだって。
そう、そして彼女は、美人であるかのごとく振舞う。
いつだって、ね。

初めて彼女を見たのは、いつだったって?
何年前かはすぐには思い出せないけれど、いつだったかは明確に覚えている。
卒業間近の3月だった。友だちが大学の研究室につれてきたんだ。
そいつはクラブの後輩だって言ってた。
そう、1つ下の後輩だって聞いていたけど、あとで本人に聞いたら、年がちがうので不審に思った記憶がある。
普段何をしているのかよくは知らない。
なにか、いつも、大学の図書館で本を読んでいるようなことを聞いた気がする。
たまに、調査なのか、それとも趣味なのか、突飛な場所に行っていた。(富山の山奥とか、鹿児島の離島とかね)
断片的な情報を総合すると、大学院に籍があったんだろうね。
そう、ぼくは、キャサリンがふだん、なにをしていたのか、さっぱり知らなかったってわけ。
聞かなかったのって?
彼女になにか聞くときは、それなりの聞き方を考えておかないと、答えてもらえないんだ。
とくに、正しい答えがほしいときは、慎重になんないとね。

そうそう、あのときは、研究室のメンバーでいつもみたいに飲んでいたんだった。
男ばっかの研究室だよ。え?うん、ふつうふつう。
そのころ、女の子って、いなかったから。
どっか、ぼくらの知らないところで、おしゃべりしたり、小説読んだりして、先生とか、銀行員とかになっちゃうんでしょ?
接点あるわけないよね。

ぼくらは、修士論文も終わってしまって、あとは卒業式を待てばいいだけだった。
気楽な雰囲気が、ぼくの人見知りを解いてしまっていたのかもしれない。
友だちが、つれてきたstrangersは、不快なファクターではなかった。
その女の子たち数人は(そう、”女の子達”だった!)いっしょにソファに座ってキャラキャラわらっていたんだけど、
そのなかのひとり、そう、キャサリンは、ひとりだけちょろちょろ動き回って、
無骨な理学系研究室の、本棚やら、プロジェクト表やらをものめずらしげに見回していた。

しゃべらない人かと思ったら、そうでもなかった。
おだやかな口調。たまに、うっすらと、笑う。
5分ほどだけ、会話した。
ふつうの、とってもふつうの話題のはずだった。
ふつうの、とってもふつうの外見に似合わず、ぶっとんでいた。
地図統計と話してるようだった。

小さな宴会が終わって、彼女たちはスカートを翻して帰っていった。
きゃらきゃらいう笑い声が研究棟の螺旋階段を下りていった。
彼女がいなくなって、あわてて、ぼくは、研究室を飛び出した。
階段を2段飛ばしで駆け下りた。

間に合った。

メールアドレスと名前。
彼女はあっさり教えてくれた。

---

「じゃあ、1週間で、準備してくれるかな」
入社した日、社長じきじきに、アメリカ支社への辞令が下った。
卒業するときに、大学時代に買ったものは、ほとんど捨ててしまったから、
とくに戸惑うような場面でもなかった。
家族に伝えたら、冷蔵庫だけ、妹が取りに来る、といった。
一緒に住んでいないお兄様の住まいが、
電車で2時間のところだろうが、飛行機で12時間かかろうが、それほどかわらないらしい。
どちらにしろ、いつきたってぼくは仕事しかしてないんだからね。

ガランとした部屋で、着替えと布団と、タオルと歯ブラシと、コップ1つ、それに
ミネラルウォータの入った冷蔵庫代わりのクーラボックス。
キャビネトと、1段だけのブックシェルフ、それに洗濯用ピンチ。
スリッパはいらないや。
その日のうちにスーツケースを注文して、布団を捨てる準備をした。
パスポートは幸いにも期限内だった。

総務のきれいなおねえさんがビザも飛行機も、むこうの住居も手配してくれる。
日本で過ごす、残りの一週間、用意された研修用の課題以外、仕事はない。
まあ、研修も、けっこうハードではあるんだけど。

ぼくは、ケータイをとりだした。
どうせしばらくはアメリカだ。
強気になるのは、こういうときらしい。


Date:April,1
Title:None
To:Catherine

”時間あったら、メシ、いかない?”




返事はすぐに来た。



Title: Re None
From:Catharine

”はーい”



出発する前日の土曜日、そのお昼にお台場を指定した。
プライベトで立て続けにこんなにメールを送るのなんて、何年ぶりだ?
キャサリンからは、こんな返事。

From:Catharine

”いいよーぅ”

「やたっ!」つい、口に出てしまった。照れ隠しのために、課題に没頭したら、
その日のうちに全部終わってしまった。

--

ゆりかもめへの乗り換え口で、グレーのパーティドレスに真珠のネクレスの彼女を見たときは、
正直、ちょっと、びっくりした。
ゆるやかになびくカールした髪のからヘッドフォンがのぞいている。
ハイヒールの足をステップに投げ出して、彼女はラジオ講座のテキストを熱心に読んでいた。

休日のゆりかもめは、結構混んでいた。
ぼくらは、ゆっくりいって、2本くらい見送って、ゆっくり座れる車両を待って乗った。
窓側の席に並んで座った。
キャサリンはずっと、窓に張り付いていた。そして景色が 変わるたびに、
貨物船が見えた、だとか、今日はトラックが少ない、だとか、あの倉庫はどこの商社のか、などと、
次々と早口で報告や質問をしてくる。

だから、ぼくも質問をすることにした。

「そのネックレス、似合うね。いつもしてるの?」

彼女が答えた。

「ううん。今日、一時半から、友達の結婚式だから。」


ぼくは、頭の中のスケジュールボードの、本日PMの予定を消した。


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