☆言えない罠んにも☆
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2003年01月08日(水) ちょっとした、記憶に関するたいしたことない考察

サークルの友達と話しをしていたら同期のメンバーの話になった。
何人いるかとか、そういう話なのだが、最近会ってない人たちの話になって
ぼくがわりといろんなことを覚えていることがわかった。
たとえば、高橋さんの下の名前が梨沙ちゃんだとか、梨沙ちゃんの
渋谷の飲み屋さんで来てた洋服だとか、電話番号の市外局番の最初の数字とか(ちなみに
下4桁の最初の数字も)人見君とエレベータの中でした会話の内容だとか、
ヒナちゃんとつるみさんがクリスマスに氷室さんのライブに行くと聞いた
同窓会館の玄関での状況とか、池谷さんと話した内容のほぼすべてとか、
最後に高木さんと会ったときの会話の内容とか、彼女がもっていた資料
のことだとか、お花見のお弁当のめにゅーとか、新田さんと偶然会って
見せた夏合宿の写真に対する彼女のコメントとか、一緒に東京タワーみに
行ったときの会話の内容とか、長坂君と駒場の駅の途中で話していた内容と
そのとき彼が着ていた服の模様とか、黒板に書かれた駒場祭演目きめの
白墨の字とか、キリウ君と一番最近した会話とそのときの彼のメガネの形とか。

まあ、この辺にしておくけれど、それは別にめったにないことだからだと言うわけでもなく
単に記憶として覚えているとういだけのこと。
普段会うような人たちに関することはきっともっと覚えてる。

視覚的な記憶は、それだけ印象にのこる、ということなのだろうか。
思考の過程を文字にする行為は、文字として表現された紙や画面をみて
それを映像的に記憶することで強い印象として残り、強く印象に残ったものが
記憶として長時間のメモリされるということかしらん。

思考を言語化するのは、そうやって情報を整理し、そしてその記憶から
新たな思考を発展させる契機を与える、
ような気が、ちょっとした。

んまあ、なんてことないけど、折角だからこう考えた、ってことを
記録に残してみました☆


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