| 2002年07月21日(日) |
自転車は明日復活予定。 |
朝からダイやんの濃い(笑)夢を見て トルコアイスに驚嘆し Dirに陶酔し 道化でステキな舞を踊り(違) 愛すべきお嬢さん方のステキな残像をゲット(爆) おもしろいことの本当に多い一日でした・・・ありがとう。 (なにがなんだか)
つか、ミズキさん朝から濃ゆすぎる夢で・・・でもカッコ良かったです。 ダイやん・・・正夢になったらいいのに・・・。(笑) なんだかんだいって私ったら乙女でした。てへ☆(やめぃ そういや、夢の中でも京くんは白目で迫ってきたような気が・・・偏見か?偏見なのか!?(爆爆爆) でも彼の笑顔が忘れられません。かわいすぎる・・・(悔)
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最近電車に乗ることが多いので本を買いました。 二日間で読んじゃったよ・・・まぁ、薄い文庫本だったんだけどね・・・(汗)
その本で考えさせられたのは「人間の生きる意味」。 何かの腫瘍で足と切断てしまった病気の少女が生きる意味。 進路に迷って自分の生きる意味を見失った少年の生きる意味。 最近この日記にもそんな内容が良く綴られるようになったところだったので、何倍も色々考えさせられてしまったんだと思う。 その少女が亡くなるとき、お父さんが言う台詞があって。
「今の私は、妻を、理解してやれます。直美と出会ったおかげです。・・・(中略)・・・直美の思い出が、永遠に、私たちを結び付けてくれるはずです。私は直美に、感謝しています。・・・(後略)」
その時、ああ、生きる意味ってこういうことなのかな、と思った。 人は自分のために生きているのと同時に人のためにもきっと、生きてる。 「価値」の話を以前少し書いたけど、価値はここにあるんじゃないかな。 誰かが必ずその人のことを愛してる。本人は気付かない所で、愛されてるんだと思う。それは、多くの場合は親や兄弟姉妹や親戚という血縁だと思うけど、幼馴染や恋人や、友人。 本人の知らないところで好意というものはあるんじゃないかな。
このお父さんは台詞の中で「時が経てば、妻の悲しみも癒えるでしょう。」とも言っていて。 この台詞の中の意味を自分なりに解釈してみた。 哀しみは時が癒すけれども、その人と感じた喜びと、愛とか好意は永遠にその人の心に残るものだ、と。 ずっと後世の人に自分の生きた証しを残すのは大変だけど、身近な人の中に自分が生きたことは証明されていて。 「生きる意味」は自分と、人の中にある。 人の心の中になんて残らなくてもいい、という人がいるかもしれない。 けれど、きっと人は死ぬという時、自分の生きた証しを求めるんじゃないかな。 死んだことがないからちょっとわからないけど・・・きっと、そうじゃないかという推測。(苦笑) 私の何かモノを作りたいという欲求はこういうところからきてるのかもしれない。 これが自己顕示欲ってものに繋がるのかどうかはわからないけど、「人間が生きる意味」を追求し続けようとする姿勢を支えてるような気がする。
私なんかは自分本位で考えてしまうことが多いけど、まわりをしっかり見て、人の中に自分を残せるような生き方をしたい。
・・・・・・なんだかまとまってない上に以前と矛盾してるところもあるとは思いますが・・・こんな気持ちになりました。 せっかくだし読書感想文・・・書いてみるか。(笑)
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