「漢」。 - 2002年07月28日(日) 21:53。 こんばんは。 和製李歐こと遊丸です。 いやもぉ・・(笑)とか(嘘)とか敢えて必要無いくらいアホですんません。 さて。まだまだ読み途中なんですがこの『李歐』。 漢詩が時折出てきますね。 猿啼客散暮江頭 人自傷心水自流 同作逐臣君更遠 青山萬里一孤舟 政権争いか何かで追われる身となった官吏二人。 夕暮れの人気の無い船着場で見送る男と見送られる男。 そんな別れの情景を描いた詩ですが、 『李歐』の中で、主人公一彰が李歐に捧げると、 李歐は「傷心」を「舒心」に、「逐臣」を「大臣」に書きかえ、 その豪快さに一彰が更に感服して惚れ直す(笑)という一幕がありました。 全く、李歐の李は「李白」の李じゃないかな、なんてちょっと思ってしまうわけなんですが。 何が言いたいのかと言うと・・ ふと気づいたんですが、そう言えば漢詩ってソレっぽいのが多いなと。 儒教の国、中国。 男女の貞節もかなり厳しく要求されていたのでしょう。 日本の文学と比べてみても一目瞭然です。 和歌は男女の恋愛をテーマとしたものがかなりの割合を占めているし、 読み手も女が多い。 しかも恋愛の小道具としてさえ用いられた。 一方、中国ではそういう浮いた詩は極端に少ない。 民間文学においては多分違うと思うのですが、 公に伝わっている詩や文学には、 男女の恋愛物は極めて少なく、その替わりに・・ 政権争いを孕んだ男と男の友情が描かれていることが多いですね。 或いは君臣の交わりとか。 正に・・ 漢詩、それは漢の詩、 漢学、それは漢の学問。 ・・なわけです(違、、、)。 そう思ってみると、 屈原も三蔵法師も諸葛孔明も竹林の七賢も・・・あいつら皆ホモです。 漢学の真価ここにあり。 昔、学校で勉強していた時は思いもしなかったし、 誰も教えてくれなかったこの事実?をちょっと探求してみたい気持ちです。 いや、少なくても『三国志演義』だけは誰がどう見てもホモでしょう(笑)。 特に美周郎とかその辺。 もう一度読み直してみたくなりました。 以上が昨日書こうと思っていた「漢詩について」なのですが、 「モーニング娘」についてというのは・・・ただ一つ、素朴な疑問。 なんかやらしーぞ、おい(カタカナが余計に・・)。 ...
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