もう9年ほど前になるのかな もともと首が細いし、背中が張ってるような印象があったから、首やられなきゃいいけどなぁ なんて思ってたのが20代も終わりの知り合ったころ それからもう10年以上経って、頸椎がやられてるのか痛みが出ていることを知ったわけだけど 症状をくみ取ると、西洋医学的な検査では何も出てないから積極的治療はやる事がないわけね 患者さんでも、施設の利用者さんでもNsでもそういう状態の人多い 症状が同じというわけではなくて、現代の西洋医学ではどうにもできないというもの 内科的には痛み止めの投薬くらいしかないだろうし 外科的にはブロックしかないだろう つまり、原因を根本的に取り除くという事はできなくて対症療法取るしかないという事で、周りにあふれる上記の人たちはほとんどがそれでごまかしごまかし日々を過ごしているのが現状である だから、おそらく医師たちはそんな感じで治療への判断を下すことが多いだろう
ただ、その中でどう立ち回る事にするのかは自分が選べる よく見られる患者の受診の仕方に、医者にかみつくというものがある 患者はかみついている自覚はない ただその痛みから救われたいだけ でも、だいたい「どうしたらいいんでしょう」という そう、問題になっている日本の医療依存おまかせ医療である 「先生におまかせ」「先生のおっしゃる通り」これ時と場合では本当困った患者である 「こうなりたい。そのためにもっと詳しい検査を受けられる病院はないか。先生の診断に不満があるわけではない。ただ、治したいと思っている以上、納得できるまで調べて対処したいんです。ご協力いただけませんか」 まぁ、滅多にいない ここまでの患者は 私は弟が事故にあった後、保険会社と戦うことになった時、主治医にはそういった 右も左もわからない20代の小娘だった すごく怖かった 必死だった 患者の中には、じりじりと入院期間や受診期間を延ばして保険会社からお金を取ろうと考える人もいる 医師はそのあたりも警戒する 「お金じゃない。弟の体をもとに戻したい。そのためにできる治療はすべて受けたいんです。まだ、終わってないのに保険会社の人がこんな風に言ってきているんです。先生助けてください」 懇願だった 本当
祖母の左腕が上がらなくなった時、叔父が持ち上げてもぱたんと落ちるしかなくなった時 大阪でも指折りの大きな病院を2件受診した でも、問題なしの診断だった 自宅に帰ってもやはり症状が進んでいくので、叔父は3件目の病院に連れて行った 事細かに説明し、対人上手な叔母が医師からのやる気をしっかり獲得するような接し方をするという連携プレーで検査目的入院となった そして、見つかったのだ 脳の細い小さな血管に梗塞がある事が 見つけたのは大先生ではなく研修医だった もちろん、叔父も叔母も見舞いに日参し、医療者に対する態度も腰低く丁寧に感謝の意も述べるという完ぺきなまでの協力体制だった あれをされると、正直看護師も検査員もなんとかしてあげようと力が入るものだ そう、ポイントは常々医師のそばにいる医療者でもある 医師に口添えしてくれるからだ 看護師受けが良いと、看護師長にも影響がある 看護師長は、ベッドの空きやら回転率を常に病院の上層部からつつかれる立場にあるので、患者の入退院のカギを握っていると言っても過言ではない 日ごろ接する看護師や師長への心遣いもぬかりなく、退院調整についてもかなり吟味され譲歩された経過だった
ここでも、本当家族って大事だなぁと思った いかに聡明で人当たりの良い身内を持つかは、一族の存続にもかかわるなぁなどとのんきに思ったものだった
あちこちの病院を転々としていると、問題患者とみなされがちである 病状的に匙を投げられた患者とも言えるし、注文の多いクレーマーという印象も与え兼ねない まぁ、深くかかわらないように当たらず触らずにしておこうなどとも思われがちである その点は、受診する側も注意しておかねばなるまい 目的を明らかにすること 要点を述べる事 医者任せにしない事 でも、医者を信じる事 その診察を支えている人にも力がある事 受診は上手に
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