先を考えるのはいいことだけれど、先ばかり見て将来に不安を覚えこのままでいいと妥協してしまうのはどうか自分のなかの正義をそこでとめてしまっていいのだろうか崇高な信念のもとに正義感があるのならその信念をいずれ発揮した体制にもっていくために一時は不本意な道を歩むことも必要なのではないかそれこそが信念と呼べるものだ