THOKOの日々

2003年11月17日(月) 言い聞かせる

時々弱ると誰にも会いたくなくなって
誰と連絡を取る事もうっとおしくなって
心配してくれてるとわかっている相手でさえも
その心配してるのよというアクションが重くいっそう滅入っている気持ちをどん底に突き落とす
黙って遠くで見守っててくれよと怒鳴りそうになる
知り合いが言っていた
たとえ血が繋がっていても
たとえ恩師であっても
迷惑かけないからそっちもかけてくるなよと思う事があると
結構わかるなぁとしみじみ思う
けれど人は他人にはそれを求めても己は人にそうはできていないものだ

大事な人が居てその人の余命がいくばくもないとする
それでもその人は思い通りにならない体をひきずりながらも人に会おうとし
自分に尽くしてきた人たちの役にたとうとする
それを黙ってやりたいようにさせ、それに付き合い続ける事がいいのか
じっとしててくれと少しでも余命が伸びるようにするがいいのか
どっちがいいのかは人それぞれだと思う
しかし、私が当事者ならきっと前者を望むだろう
死んだように生きていたいとは私は思わないからだ

入院していた時毎日毎日白い天井を眺めながら日々を過ごしていた
いつ退院できるやもしれず、見舞いに来てくれた同級生さえもありがたいと思うのは居てくれる時だけで、帰ってしまえば寂しさが増すばかりだった。
なぜ私がこんな目にあわなきゃいけないのか、見舞いに来てくれた子達は毎日自由に歩き、学校に行き遊んでいるのに私には白いものに囲まれた病院の中だけしかない。言いようのない怒りとやりばのない寂しさと、先の見えない不安と絶望感。
それを打ち砕いてたくましい精神を持つには私は幼すぎた。
子供ながらかなりのストレスを持っていた事が今ならわかる。
当時はイライラしたりする理由さえもわかっていなかったし、イライラしていたんだなという事さえもわかっていなかった。
弟が事故で入院生活を送ってどうやって入院生活を送っていたのかと訪ねてきた時初めてふと思い返して整理がついたのだった。
つかの間の休息だとか、無理して倒れちゃったからとかそういった先の見えた入院ではなかっただけに結構辛いものだった。
今でも時々病院が手招きしてるなと思う時があるとぞっとする。
ぞっとするからこそ、自分をコントロールして周囲に心配も迷惑もできればかけたくないなと思っている。
だから自分的には昔よりは確かに成長しているんだ、と思う事にしている。
そうやって少しずつ言い聞かせないと自分の不出来を棚に上げて周囲を嘆いてしまいそうなのだ。


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