尊敬する先輩に、ふと聞いた 「愚痴ばっかり聞かされて、価値観の違う事を押し付けられてそれでも毎月のように定期的に会う時間をわざわざ割くその理由がすごく不思議なんですけど」 答えは一言だった 「家族だから」 非常に納得した。 家族というものの定義なんて人それぞれなんだと思う。 「助けられる時は助けるし、無理な時は無理。」 先輩の家族の定義は私の友人と定義が同じように思えた。 私にとって家族というものは、何があっても背負わなければいけないもので逃げようったって逃げられない縁のもの。ずっとそう思って家族という存在をうとましくさえ思いがちだった。友人は私を癒してくれるし慰めもしてくれる助けてもくれるし助けもする。私には家族よりも友人といる時のほうが楽しく辛い思いや、しんどいなどと思わずに居心地よくいられた大切なものだった。 先輩にはきっと家族という言葉の意味はそのようにあるのだろう。 そう思うとなんだかとてもうらやましい気持ちになった。 私と家族の距離は近く、適度な距離感が計れないのだろう。 ゆえにきっと家族という言葉は私にとって重くのしかかるものなのだろう。 なんとかしないと、とかあー、もう。。などとイライラしたりしてしまうのだ。 それゆえ結婚というものもイマイチ乗り切れずに重苦しいものとしか考えなくて逃げてしまいながら今まできてしまったのだろう。 きっともっと他人事に思えれば私は楽になれるのかもしれない。
先輩の話を聞いていてそう思った。
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